「じゃあ、宮部さん、私達、婚約しましょう」
紗綾樺さんの言葉に、僕の心臓は飛び出しそうになった。
もしかして、実は紗綾樺さんに再会してから、自分が事件の事をダシにして、紗綾樺さんに会えるなんて、邪なことを考えていたことを知られての当てつけなのか、考えても答えが出ないことだけど、ドキドキと高鳴る鼓動を抑えるのは難しく、口を開いたら声が震えそうだった。
「男女が二人で夕方宝石店を訪ねて怪しまれないのは、婚約指輪を買うというのが一番な気がします」
続いた彼女の言葉に、僕は奈落に突き落とされた。
これが、僕の心を読んだ彼女の作為的な罠だったのか、それとも、単に天然なのか、僕にはわからなかったが、それでも捜査のためとは言え、それも言葉の上だけとは言え、一時でも彼女と婚約できると思うと、僕の心は弾まずにはいられなかった。
どうしよう、もし、本当に婚約指輪を買ってしまったら、彼女はどうするんだろうなんて考えながらも、僕は車を走らせた。
ブランドショップのメッカとも言える銀座は、日が暮れてなお煌々とした明りに包まれ、昼にも増して人出も増えていた。
隅々まで歩き尽くして見知った街でも、隣に彼女が乗っていると思うと、気持ちは捜査というよりもデートのように高揚してきてしまう。
買い物をする予定がないので、デパートの駐車場ではなく、近くのコインパーキングに車を停めたが、公務員だと知っている彼女なら、貧乏人とは思わないだろうと、祈りながらの事だった。
「ここから歩いていきましょう」
声をかけるまでもなく、彼女は降りる支度を整えていて、停車処理を終えた時には、彼女は身も軽く車のドアーを開けていた。
「夜になるのに、人が多いですね」
彼女は周りを見つめて呟いた。
彼女は、夜に一人で働いているとは思えないほど、驚いたように辺りを見回していた。
「じゃあ、行きましょうか」
声をかけると、彼女はにこりと微笑んだ。
婚約者のフリをするとは言え、まさかここから腕を組んで行く訳にもいかないので、先に立って僕は歩き始めた。
裏通りから表通りに出ると、更に人出は多くなり、意識しての事ではないが、彼女との距離はどんどん縮まり、いつしか腕と腕が触れ合うほどの距離になっていた。
「あそこです」
交差点を挟んだ反対側を指さすと、彼女はじっとデパートを見上げた。
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