「ちょっと、席をはずします」
 社員さんに一声かけ、俺は廊下に出ると大きく伸びをした。そして、いつもの癖でスマホを取り出すとさやの位置情報を確認する。
「まだ、軽井沢か・・・・・・」
 呟いた途端、俺の頭の中に疑惑が浮かんだ。
 確かに、今まで何度もこういう現象はあったし、電話をするとさやは家にいた。しかし、その時のさやには恋人はいなかった。そう、いまのさやには、日本全国どこにでもさやを連れ出すことができる恋人がいる。という事は、昨日のディズニーデートだけではなく、俺に内緒で今日も二人で出かけている可能性がある。
 疑惑を持った最大の理由は、さやの位置が確実に移動し、今はアウトレットにいるからだ。いままでは、法則なくポンポンと位置がわかるか、ずっと同じところにいたのに、今日の場合、着実にさやの位置情報は正常に位置を観測できる時と同じように移動しているのだ。
 あいつ、とうとう面倒になって俺に黙ってさやを連れ出したな!
 信じていたのに裏切られたという思いが怒りとなり、俺は奴の番号に発信する。
『はい、宮部です』
 何事もなかったように、いけしゃあしゃあと電話に出やがって!
 怒りの炎は、油を注がれたように激しくなる。
「今度からは事前連絡する約束じゃなかったんですか?」
 思わず、『いまどこにいる!』と、怒鳴りそうになったのを慌てて言葉を飲み込んだので、怒っているのに、妙に言葉が丁寧になってしまう。
『えっ、あ、はい。あの、宗嗣さんはお休みなんですか?』
 なんとも間抜けな質問だ。休みで家に居たら、みすみすさやを連れ出させたりはしない。
「勤務先ですよ」
 俺が仕事に出かけているから、さやを連れ出せたんだろうが!
『そうですよね。紗綾樺さんにメールしても返事がないので、もしかして宗嗣さんと一緒にお出かけなのかと・・・・・・』
 奴の言葉は既に俺の耳に入っていなかった。
 メールに返事がない? 一緒に居るのにメールするのか、このバカは!
 そこまで考えてから、突然怒りが沈下した。奴が言っていることが本当ならば、俺の怒りは冤罪ということになる。しかも、仕事中かもしれない警察官に、暴走超特急張りの迷惑電話だ。
「さやと一緒じゃないんですか?」
『紗綾樺さんさえよければ、今日も休みなので、お目にかかりたいとは思っているのですが、連絡がつかなくて。あの、電話してもよろしいですか?』
 俺も俺だが、奴も奴だ。話がかみ合ってないことに、未だに気付いていない。
「てっきり、さやと一緒に軽井沢のアウトレットで買い物でもしているのかとおもったんですけどね」
 念のため、やはり一言いってみる。
『紗綾樺さん、メールの読み方、やっぱりわからなくなっちゃったんでしょうか。さっきから、ずっと返事をまってるんです』
 こいつアホか? それとも、よっぽどの善人なのか? 連絡来ないなら、電話しろよ!
 俺は、違う意味で奴のかみ合わない返事にイラついてしまう。
「メールの使い方、一回くらい教えてもだめですよ。俺も何回も教えて、使わなかったんですから」
 正確に言うと、教えても聞いていなかったから使えなかったのだが、その点は面倒くさいので省かせてもらう。
『じゃあ、電話してみます』
「その方が良いですよ、もしかすると、寝てて気付かないのかもしれないですから」
『でも、起こしたら悪いですよね?』
「今は仕事行ってないですから、夜行性を朝型、うーん、昼型か? に、戻してもらえるとありがたいですよ」
『じゃあ、電話してみます。ありがとうございました』
 そう言うなり、奴は電話を切った。
 おい、かけたのは俺で、俺の用は・・・・・・、まあ、済んだな。さやとは一緒に居ないことは確認できた。しかしだ、じゃあ、なんでさやは軽井沢に?
 俺はモヤモヤとする頭を抱えながら、仕方なく自席に戻って仕事を再開することにした。
 こんなことなら、奴に電話せず、さやに電話すればよかった。
 俺は心の中で後悔した。

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