今となっては完全に日課になっている紗綾樺の居場所を確認すると、俺はため息をついた。

(・・・・・・・・今日で何日目だ? 突然の爆弾交際宣言から一転、意地のように仕事に行っていたさやが仕事に行かなくなった。家でおとなしくしてくれているのは安心だが、なにを考えているのかんからない以上、不安は消えない・・・・・・・・)

 地図アプリを閉じると、俺はさやの携帯を鳴らした。
『はい』
 さやはすぐに電話に答えた。
「具合、悪いのか?」
『大丈夫だよ』
 感情のない声では、具合まではわからない。
「夕飯、食べたいものがあるか? さやが家にいるなら、好きなもの作るよ」
 俺が言うと、さやはしばらく沈黙していた。たぶん、思いつかないのだろう。いつものことだ。
『オニオングラタンスープ飲みたい』
 予想していなかったさやの返事に、俺はかなり困惑した。
 作って作れないことはない。だが、本当にそれがさやの望みなのかわからない。逡巡した俺は、仕方ないので言葉を継いだ。
「じゃあ、いつものファミレス行くか?」
『うん。それでいい』
「じゃあ、早く帰るから。支度して待っててくれ」
『わかった』
 さやの返事を聞いてから、俺は電話を切った。
 少なくとも、一緒に食事をすると言うことは、やはり出かける予定はないのだろう。
 あれだけ派手に交際宣言したのだから、別に俺に事前報告すればデートに出かけても良いというのに、あの男からは全く連絡がない。もしかして、さやの元気がないのは、奴にほったらかしにされているからなのかもしれない。だとしたら、俺がいきなりハードルを上げ過ぎたからかもしれない。もつと自由に会わせてやればよかったのかもしれない。
 考えても答えのでない事を頭の奥に押しやると、俺は足早にオフィスに戻った。
 今の俺は、かつてのような建築士じゃない。ただの派遣のアシスタントだ。上司に嫌われれば契約は短くなるし、時給の値上げ交渉も出来なくなる。
「すいませんでした。いま、戻りました」
 俺は上司に一声かけると、自席に戻ってエクセルファイルを開いた。建築物の安全性を検証するための細かい数値データがビッシリ書き込まれている。この数値が正しく入力されているかを確認するのが俺の仕事だ。例え、安全性の強度に問題があっても、指定された数値が正しく入力されていれば、その間違いを指摘する権限は俺にはない。あくまでも、検証する機関に送るためのデータを入力して完成させるのが俺の仕事だ。
 本当は、専門の建築から遠く離れた違う仕事に就くことだってできた。身に着けたCADの技術を生かせば、もっとバリバリ稼ぐことだってできる。でも、それではあの日と同じ、必要な時にさやの傍にいてやることができない。だから、俺はキャリアのすべてを捨て、定時で帰れる仕事を選んだ。
 俺は、黙々と設計図に記載されている数値データを指定されたセルに入力していった。

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