「お、お祖母ちゃん!た、大変!お祖父ちゃんが家出したみたいよ!!」

「ん?なに?そのみたいっていう曖昧な報告は?」

「落ち着き払ってる場合じゃないってばお祖母ちゃん!!」

祖父母の家に遊びに来ていた14歳の孫娘、明日香はすでに泣き顔だった。

「昨夜私が寝てからお祖父ちゃんとお祖母ちゃんがなんか喧嘩してるなぁ、とは思ってたけど、きっとあれが原因だよ!お祖母ちゃん!早く捜しに行こうよ!!」

「何で?どこを?」

祖母はキッチンで朝のお茶を入れると、必死な孫娘そっちのけでテーブルで一息入れていた。
「何でってお祖父ちゃんのことが心配じゃないの!?どこに行ったかわからないから心配なのに!お祖母ちゃん、冷たいよ!」

明日香は祖母がなぜこんなにも落ち着き払っているのかよくわからない。

それもそのはず、彼女は祖父母と一緒に暮らしたことがなかったからだ。

祖父母の二女である明日香の母親が九州に嫁いで17年。

その間、母親が神奈川の実家に帰ったのは1度だけでその時、明日香はまだ生まれていない。

子供たちが独立し、神奈川の片田舎に住んでいた祖父母は家を売って利便性のある、川崎市にあるタワーマンション、リヴァリエに引っ越してきたのはつい最近だった。
九州のこれまた片田舎に住んでいる明日香は、

「タワーマンションなんて凄い!行きたい!絶対泊まりたい!」

と大興奮で両親を説得し、ゴールデンウイークを利用して1人で祖父母のマンションに遊びに来たのだった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だって!お祖父ちゃん朝の散歩にでも行ったんじゃない?ここの環境は快適そのものだから」

確かに、このタワーマンション・リヴァリエはとても快適だった。

交通の利便性は高く、『京急川崎』駅からは徒歩19分。

京急大師線『港町』駅からは徒歩2分。

水辺に面した3棟建てのマンションはそれぞれABC棟に分かれ、祖父母はA棟の最上階・29階に住んでいた。

そして、特に共用施設のスカイラウンジからの眺望は絶景だった。
「散歩じゃないってば!ちゃんと『捜さないで下さい』ってメモがあったもん!もし罷り間違って、散歩でも朝5時から出掛けて、今は朝の8時だよ!いくらなんでも帰りが遅すぎるよ!」

「何で朝の5時にお祖父ちゃんが出掛けたって知ってるの?」

「トイレに起きたついでに寝室を覗いたら、もうお祖父ちゃんいなかった」

「あら、やあねぇ、明日香ちゃんたらプライバシーの侵害」

祖母は真ん丸な顔で怒ったふりをするとチョコクッキーの缶を開け出した。

ちなみに、祖父母の家は3LDKで2人は別々の部屋を使っていた。

初めて泊まった昨夜は明日香は祖母と一緒の部屋で眠ったのだった。
「まあ落ち着いてここに座りなさい。朝から興奮すると血圧上がるわよ。明日香ちゃんも紅茶でいい?」

「だからお祖母ちゃんたら!」

「うん?チョコクッキーは嫌い?だったらどこかにホワイトチョコのクッキーがあったはず……」

祖母は夫の行方などどうでもいい、とばかりにいそいそと明日香の世話を焼き出した。

「ダメだこりゃ……。もうお祖父ちゃんたら、どこへ行ったんだろ?事故にでも遭ってないといいけど……」