私は自転車を漕いでいるので、先ほどよりも速度を落としたとはいえ、彼女との距離は近づく一方であり、やがて重なり、その後は遠ざかっていくのは自明の理、自然の摂理である。そもそも耳と尻尾を付けた人間などいるはずもなく、流行りのコスプレイヤなのだろうが、そのような人物が「如何なる理由もなく、そしてその理由は当人にとっては深刻なのだろうが、赤の他人からしてみれば関わるだけ損をするだけでなくもしかしたら何かしらの厄介事に巻き込まれかねない代物である」ことは月と地球と太陽の位置関係で潮の干潮が発生するくらいには判りきっていることなのだからして、ここは何事もない何もない、視界には入っていないのだという素振りで彼女の横を通り抜けるのが正しい行いであるのにそうであるのに。
 私と彼女の間にある夜の空気が少なくなっていくにつれ、蹲っている彼女と、そして彼女の胸元で点っていた灯りがなにものであるのか、興味を持たずにはおられなかった、否、私の興趣を自身に差し向けるようと、確固たる堅忍不抜たる意思を抱いて彼女がその場に存在している、ように感じてしまった時点で、自転車を漕ぐ私の両足は力を緩め、代わりに両手のつま先はブレーキレバーを、とん、とん、と二度、三度握ることで車体の進行速度を緩めることに成功し、やがて私を乗せた自転車は、狐、のようなものの脇で停止し、私はペダルへかけていた足を左足から、そして右足を丸子橋の橋上へ降ろしたのであった。