二階から出ていった水薙の後ろ姿を見る。
仕方なく窓を閉めて、衣鶴は廊下を歩いた。
「あれ、水薙は?」
前から来た宇賀に尋ねられる。
「帰ったと思う」
「まじかー、委員会の連絡があるみたいなんだけど。まいっか」
てきとうな所が少し水薙に通ずるところがある。
流れで同じ方向へと歩いて行く。
「水薙、何の委員会入ってんの?」
「体育祭委員会、足速いし」
「それ関係あんのか」
水薙がきちんと体育祭に参加しているところを想像しても、想像しきれない。
宇賀がふと口を開く。
「衣鶴くんて何で水薙と仲良いの?」
何度か受けた質問だったこともあり、衣鶴は特に表情は変えなかった。
同じ学校出身だから、といつもなら答えた。
「水薙って、死んだら地獄に行くだろうって言うんだよ」
廊下を曲がると階段が見える。
そこで立ち止まる。
衣鶴はあのときを思い出した。
「え、地獄?」
「うん。俺もそう思うし、俺も行くと思う」
理解が追いつかない宇賀に、衣鶴は続けた。
「あんなに楽しそうに地獄に行くって言った奴、初めて見た」
階段を下り始める。衣鶴の背中に、先程水薙の言っていた言葉をかけた。
「水薙は衣鶴くんのこと、戦友だって言ってた」
確かにあそこは戦場だった。
苦く笑った衣鶴が、そちらを見上げる。
「水薙のいる場所なら、どんな地獄でも楽しそうだと思ったから、一緒に居る」
どんな戦場を見てきたのだろう、と宇賀は思った。
でも衣鶴は階段を下り始めていた。
その背中は尋ねるには遠く、呼び止めるには近すぎた。
「まいっか」とポケットに手を入れて、教室へ戻る。
衣鶴は、戦友のいる場所へと向かった。
20200224
水薙(みずなぎ)のもとに留学先から衣鶴(いづる)が帰ってきた。二人は同じ不良中学出身であり、無事卒業して高校進学を決め、同じ夢を持つ者同士だった。
衣鶴の留学中、子どもたちに勉強を教えていた水薙のガレージが放火された。その犯人と対峙すべく水薙は向かい、衣鶴も駆けつける。