すっかり暗くなり、子供たちがプレゼントを心待ちに寝床へ入る頃、僕たちは駅前の道を歩いていた。
ライブの前には、一人で歩いていた道なのに。
今となりには、一目惚れをした女性が……そういえば、名前すら聞いていないではないか。
自然な感じで聞くには、そうだ、僕から自己紹介すれば。
「僕は、皆川聖也。この近くの音楽学校に通ってるんだ。今年で20歳」
「私は、山岸冬月。美容師の専門学校に通ってます」
予想通り、彼女は自然と名前を教えてくれた。
「ふうん。じゃあ、将来は美容師さんになるんだ?」
「考え中ですけど、まぁ……そのつもりです」
「そっか」
話すうちに、24時間営業のファミレスの看板が前方に見えてくる。もう夜は遅いから、空いている店はこういうところくらいで、これを逃したら、もう、帰らなければならないだろう。
少し考えたのち、
「山岸さん。ここでも入る?」
思ったより、自然に言えた気がした。

窓際の4人がけの席に、向き合って座った。店内には客は殆どおらず、なんとも贅沢な空間だと思う。
食事時のファミレスしか知らない僕からすると、なんとも不思議な感じだ。
「さすがに、この時間だと空いてるね」
「そうですね」
僕の言葉に、彼女が頷く。
やがて店員さんが来て、僕はホットコーヒーを、彼女はカフェラテを頼んだ。

「皆川さんは、ミュージシャンを目指しているんですか?」
ふと、彼女が聞いてきた。
「うん。そうだよ。自分で曲を作って歌うシンガーソングライターをね」
「やっぱりそうなんですね。歌、本当に上手いですもんね」
「いやー。お世辞が上手いなぁ」
「お世辞なんかじゃありませんよ。なれますよ、プロのミュージシャンに」
「なにその、断言」
「先見の明ってやつです」
「先見の明、かぁ」
2人でクスリと笑う。時刻は午後11時を回っている。そろそろ帰った方がいいだろうか。
その前に……。
僕は意を決して口を開く。
「あの……、もし良かったらでいいけど、連絡先、交換しない?」
「いいですよ。ケータイですよね?」
「う、うんっ」
声が上ずる。
自分の焦りっぷりを彼女に感じられてしまったものの、僕は山岸さんとの連絡先の交換に成功した。
「それじゃあ、また連絡するから」
「はい。今日はありがとうございました」

それで、今日はお開きになった。

アパートへ戻りシャワーを浴びる時にも、布団に入ってからも、僕は山岸さんのことを考えていた。
考えるというか、頭から離れなかったのだ。

電気を消してもう寝る準備は万端だけれど、なかなか寝付けずにいる。
夢へと潜りこみたいのに、目はすっかり冴えてしまって、いろんな考えが頭をよぎるけれど、結局一番思うのは、何処か彼女と一緒に行きたいなという事だった。

彼女は今どうしてるのだろうか。

そんな事を思うのだけれど、よくよく考えればまだ、僕は彼女の何も知らないではないか。
これから知れるのだろうか。
今までの経験の無さから、きちんと前へ進んだはずなのに逆に下がってしまったような気持ちが、勝手に起こってしまう。
大丈夫、大丈夫と言い聞かせる。

やがて眠気が襲ってきて、僕はようやく眠りについた。