そんなある日。ドラマデビューから3年が経った頃。
「栞菜ちゃん、ちょっとこれ見て」
事務所に着くなりマネージャーさんに呼び出された。
ソファに腰掛けるように指示され、大人しく腰掛けると、マネージャーさんは目の前のテレビのスイッチをつけた。
映し出されたのは――……
「これは?」
「あるアーティストのミュージックビデオだよ。このグループはいつもミュージックビデオがドラマ仕立てで、毎回色んな役者さんが出演してるんだ」
「……男の子?」
「そう、この子」
そこには見たこともない小さな男の子がいた。小学一年生くらいだろうか、私より全然体が小さかった。
けれど。
「ほかの子よりうまい」
「うん、今ひそかに注目を浴びてるんだ。このミュージックビデオが映像デビュー作品らしい。もしかしたら、今後もっと出てくるかもしれないね」
確かに上手い。ファンタジックな背景を背に雲のような地を駆けるその男の子は、他に映っている子よりも存在感があった。
確かに上手い、上手いけどこの時の私はそこまで危機感もなく危険視もしなかった。というよりも、あまり気に留めなかった。
へえ、こんな子もいるんだ。私ももっと頑張ろう。
そう思えば、もうその子のことはあまり思い出さなくなった。自分は今自分の出来ることをひたすら頑張ればいい。他に目をやらなくたっていい。
……と、思っていたのも束の間。
その男の子は「巷で話題」と称され、メディアで度々取り上げられていく。ミュージックビデオの再生数はあっという間に100万回を上回った。
ただでさえ、周りの注目がその男の子に向かっていくことに栞菜も敏感になっていたのに、
「今日の特集は今注目の子役に迫ります!」
そう言って私でなく彼を紹介した映像を見たときは、流石に顔が引き攣った。
そう、その男の子こそ、後のライバルとなる牧丘奏世だった。
牧丘奏世は他事務所所属で私の2つ年下の男の子だった。
例のミュージックビデオが世間で話題を呼び、その甲斐あってか企業のCMに引っ張りだこ。
彼は、あどけなさに見合わない程の演技力に加え、整った容姿を持ち合わせている。そのスペックの高さに世間は驚き、そして注目した。
その結果が、彼のドラマデビュー決定だ。

異例とも言えるデビューの早さに、世間はより一層彼に注目する。私に向けられる目は分かりやすく減った。
そして、「人気子役」だの「天才子役」だのの名前は見事に彼にかっさらわれた。
この時私は小学校中学年。一般的に男の子より女の子の方が精神年齢が高いと言われるのも手伝い、子供らしいという点で彼が現れる前から注目度はどんどん下降していた。
そんな中での彼の登場は、もうトップの座を譲ってしまうのは自然のことだった。世間の求める子役が、私から彼に移る瞬間だった。


「……ねえ、ママ」
「ん?なあに、かんちゃん」
この頃の母は、私の仕事に関してあまり口を開くことはなかった。
私が彼の存在に脅かされていることは、きっとお見通しだった。だから母は、彼の出ている番組があればさりげなくチャンネルを回していた。
でも、私は初めて思った。
「まきおかかなせ君の出てる番組も、全部ろくがして」
ぴたり、母の包丁を持つ手が止まった。
「え、かんちゃん……」
「かなせ君、私の初めてのライバルにするの」
今までライバルはいなかった。運に良く恵まれ、初めからまるで一人勝ちのような生活を送って慣れてしまっていた。ひたすら努力すれば、ずっとトップにいられると思った。
けれど初めて、同じ土俵に立つ、いやむしろ私を追い抜くほどの子が現れた。やっと現れたのだ。
それならば私は今ここでベクトルを変えなくちゃいけない。ベクトルを、ライバル――牧丘奏世――に向けなくちゃいけない。
初めて私に屈辱を感じさせた彼を、初めてのライバルに認定する。
私はいつか必ずこの雪辱を果たす。
彼の実力を素直に認める。だから彼の演技からも勉強する。
彼をいつかまた、必ず追い越す。
「……すっかり負けず嫌いになったのね」
そうだ、私は負けることが大嫌いだ。
演技の世界は私が初めて夢中になれたものだから、これだけは譲らない、譲れない。
いつの日か必ず――……。


  ▼


「……かんな?いくらなんでものぼせるわよ」
「あ……」
気が付けばドラマのエンドロールが流れている。ということは、一時間近く回想に浸っていたのか。
「今、上がる」
長時間つかっていたら流石に指先がふやけた。少しのぼせていたので、持ち込んだミネラルウォーターを飲み干す。
ああ、冷たい。
過去を反芻し、思わず熱くなっていた心もそっと冷やした。

お風呂から上がり自室に戻ると、何故か妹が私のベッドの上で雑誌を読んでいた。
「ねえ、何でいるのよ」
「この雑誌、あたし買い忘れててさ。借りてまーす」
「いつも事後報告だよね」
「……お姉ちゃん、まだ奏世くんの切り抜きファイリングしてたんだ」
「えっ」
妹が私の手元を指差す。
そう、早速さっきの雑誌から牧丘奏世のインタビュー記事を切り抜いてファイリングしようとしていた。
あれから変わらず牧丘奏世を研究している。そこらの奏世ファンよりよっぽど詳しいかもしれない。牧丘奏世の出る番組や雑誌は一つも漏らさずチェックしている。演技そのものに限らず、演技にかける想いまで。ずっと追いかけているのに、中々彼には追いつかない。
「……ずっと追いかけるよ、私は」
丁寧にファイリングする。もうこのファイルは何冊目だろうか。彼の番組を録画したディスクはもう何枚になるだろうか。
彼の背中ばかり眺める自分はもうやめたいのに、彼は年々速度を上げる。
それがやっぱり悔しくて、私は今日も明日も地道に活動を続けるのだ。



「かんなちゃん!この前のドラマ観たよ、素敵だった!」
「塩谷さんと共演したんだね、凄いなあ。」
「かんなちゃん、可愛かったよ!」
「ちょっと照れるよ、でもありがと。」
私は現在、高校3年生。学業を疎かにしたくない私は、なるべく学校を休まないようにと撮影やレッスンを放課後や休日に組んでもらっている。そのおかげで、高校はとっても楽しい。
はじめはやっぱり芸能人というだけで騒がれたり注目されることが多かったが、今ではみんな気さくに接してくれる。その方がありがたかったし、学校では「小鳥遊栞菜」としてはあまり過ごしたくなかった。
「それにしても、かんなちゃんって本当に男の子との噂がないよね。今まで彼氏いたことないの?」
「いないよ、お仕事で精一杯だったから。あまり男の子と絡んだこともないし」
「えーもったいないよ!でも、好意を寄せられたことくらいはあるでしょ?」
好意、かあ。
あれは好意に入るの?いや、ないない。あれはない。
「ないよ」
「え、何今の間」
友達と笑いあう時間は楽しい。放課後にレッスンがある日も、こうして駅までは友達と話しながら歩く。
駅に着けば友達と別れて、事務所へ電車で向かう。高校から事務所はさほど遠くないため、電車に揺られる時間は30分程度。
その時間は携帯を見たり、考え事をしたり。あまり公共機関で台本を読むのは避けているので(役者は台本だけでなく情報が公開されるまではどんなことも秘密は守らなければならない)、意外とこの時間はぼうっと過ごす。
そういえば、この春から牧丘奏世も高校生だ。
奏世とは所属事務所が違う上に通っている高校も違うので、普通ならば撮影で一緒にならない限り滅多に会うこともない筈。
そう、普通ならば。
「こんにちはー」
「……毎回毎回、飽きないね」
「たまたまだって。でも、かんなちゃんも満更じゃないでしょ?」
「はいはい」
嘘つけ。たまたまで毎回同じ電車になるか。
ついつい毒を吐いちゃうのはこの男のせいだと思う。私のせいではない、絶対に。
「ていうか、毎回一緒にいたら撮られるじゃない」
「大丈夫、ばれないばれない。かんなちゃん、いつもマスクしてるじゃん」
「アンタが目立つのよ」
この男、牧丘奏世はだいぶ鬱陶しい。

過去に一度だけ、奏世とは映画で共演したことがあった。それは私も奏世も中学生の頃で、3年も前の話だ。
学園ものだったため、とにかく共演者が多かった。ある学校の一クラスが舞台だから、生徒役だけでも軽く30は超えていたと思う。その中の二人だったわけだし、実際劇中に奏世と絡むシーンは殆どなかった。
それでも私は、奏世と同じ現場で仕事をするというだけで気が引き締まった。長年のライバルだ、そのライバルの前で下手な演技はしたくないし寧ろ見せつけたいとも思った。それだけ私はずっとずっと頑張ってきたのだ。
奏世がどう思ったか、どう捉えたかは分からずじまいで、代わりにその映画の撮影後から何故か付きまとわれるようになった。
よりによってライバルに付きまとわれるなんて。
「ねえ、今更だけど何でアンタは私に構うの」
「ん?惚れてるから」
「聞いた私が馬鹿だったね、ごめん」
「かんなちゃんっていっつもはぐらかすよなあ」
「はぐらかすんじゃなくて、面倒くさいの」
ああ、早く駅に着かないかな。
と言うか、この車内に奏世ファンがいたら、私刺されるんじゃない?
「……あれ、アンタもしかして背伸びた?」
「んー?どうだろ、来週身体測定だからその時分かるけど。かんなちゃんは162センチくらい?俺と身長差いい感じじゃない?」
「はいはい」
私の身長をジャストで当てたことに軽く恐怖を感じたところで、電車は目的の駅に滑り込んだ。私の所属する室舘プロダクションの最寄り駅であり、偶然にも奏世の所属するSFLエンターテイメントの最寄り駅でもある。
「……牧丘くん。駅」
「ん?ああ、もう着いたのか」
この春から、事務所に向かうのにはいつも奏世と一緒だった。否、奏世が待ち伏せしてくるから半ば強制的なんだけども。
この数週間で分かったことは、奏世はどうやら女の子慣れしているということ。だってほら、今も私がすれ違う人にぶつからないよう、さりげなく奏世が壁になってくれている。
高校生になったばかりの男の子が、よくこんなことできるよね。嫌味じゃなく、素直にそう思う。きっと女の子慣れしているし、どうすればいいのか分かって行動している。
だから私はいつも安心してあしらうことができる。正直、奏世以外の人にやられたら何も言い返せないと思う。裏を返せば、奏世に対してだけはこういう態度をとることができる。

「かんなちゃんは今日レッスン?」
「うん、牧丘くんも?」
「そういえば今日は何もないな」
「は!?えっじゃあ何でここまで来たの!」
「電車乗ろうとしたらかんなちゃんが見えたからかな」
思わず唖然。この男、インタビューではかっこつけてあんなこと言ってたけど、随分破天荒じゃない!
色々通り越して馬鹿だと思う。貴重なお休みを、私なんかに構わなくてもいいのに。
もう。本当に、
「馬鹿だね」
「かもね」
奏世はにっこり笑い、私の事務所前までついてきた後また同じ道をゆっくり戻っていった。


  ▽


「……」
「え、まさか疑ってる?今日は本当に事務所に呼び出されてるんだって」
先日の件もあり、今日も同じ電車に乗ってきた奏世を見るなり思わず疑いの念を向けてしまう。
今日は本当にオフではないらしい。私も今日はレッスンではなく事務所に呼び出されている。いつも通り、空いている席に二人並んで座る。
「そうそう!今日、身体測定だったんだけどさ。身長171センチだったんだよ」
「えっ5センチも伸びたの!公式プロフィール、更新しなくちゃね」
「……ああ、マネージャーに伝えておくか」
自慢げに背筋を伸ばす奏世が少し不思議そうな顔をしたのを見て、思わず焦る。
やだ、こんなこと言ったら奏世の情報チェックしてるのバレちゃう。具体的な数値、言わなきゃ良かったかも。
私の身長はもうこれ以上伸びそうにない。ということは、奏世とは9センチ差。
数年前までは私の方がずっと上だったんだけどな、いつの間に私を追い越したんだろう。
ますます奏世が大人に見える。そうだ、子役時代から奏世は年相応に見えなかった。
顔はどちらかというと幼さが見えるのだが、言動や眼差し、思考が年に伴わっていない。言わずもがな、演技力も。
「じゃ、かんなちゃんまたね!」
「いや、『また』は無くていい」
ニコニコ手を降ってくる奏世を一蹴し、さっさと事務所に向かう。
が、この「また」がこんなにも早く訪れるとは奏世さえ思わなかっただろう。



  ▽


事務所に着けば、古坂さんが何やら資料を沢山持って待っていた。
「栞菜!CMのお仕事入ったよ!」
「本当ですか!何のCMですか?」
「紅茶飲料のCMみたいよ。その打ち合わせが入ったから、今から行くよ」
久しぶりのCM出演依頼に思わず顔が緩む。紅茶飲料かあ、紅茶大好きだから嬉しいな。きっと最後に御礼としてまとめてくれるよね、なんて楽観的に考えながら古坂さんの車で移動する。
CMはいわばその商品を売り出すための一つの宣伝なわけで、それが自分の苦手な商品だったらうまく宣伝は出来ない。だから、CMに関しては自分が納得できるものにしか出ないようにしている。今回は、私が紅茶を好きなことを古坂さんは知っているから、古坂さんが判断して依頼を受けてくれたのだろう。
「さて、着いたよ」
テレビ局の会議室へ向かう。制作サイドとの打ち合わせだ。
エレベーターであがり、指定された会議室の扉の前に着く。
ノックする直前、古坂さんは突然口を開いた。
「言い忘れてたけど、今回のCMは共演者がいるから」
「え?共演者?」
私が聞き返した時にはドアをノックしていた。
まさか古坂さんがそんな大事なことを会議室に入るまで忘れていたなんてことはない。意図的にだ。
嫌な予感しかしない。だって、思い当たるのはたった一人。
「……やっぱり!」
「え?小鳥遊栞菜?」


  ▽


「かんなちゃん、お疲れ」
「本当にね」
奏世も共演者が私だと知らされていなかったらしい。お互い目をこれでもかってくらいに真ん丸くし、動揺した。
奏世と共演なんて、3年前の映画以来だ。二人だけでは初めてだ。
制作サイドからの説明によると、今まで発売されていたダージリンティーとジャスミンティーが美味しく生まれ変わって来月から発売されるらしい。ふたつのフレーバーを対立させるという構図で売り出すとのことだ。私が赤のダージリン、奏世が青のジャスミンだ。
「一緒に帰るのは初めてだよね、やっぱり俺と帰ってくれるなんて俺のこと好きなんじゃない?」
「……ん、何か言った?」
あ、あれ。そういえばあまりに吃驚して、奏世に「とりあえず帰りながら話そう」って言われて流されるままここまで来てしまったんだった。でも今はそれどころじゃない。
奏世と仕事。しかも二人だけで。それだけで私はもう心臓をぎゅっと掴まれたような感覚だ。
あの映画から3年が経つけれど、私は成長できているのだろうか。少しでも奏世との距離を縮められているのだろうか。奏世は、いつか私を認めてくれるだろうか。
「かんなちゃん?」
「え、ああごめんね。アンタといたら意識が思わず逃げちゃった」
「えー奏世クン悲しい」
とにかく、奏世との仕事。
今はそれだけを考えてこなしていかなくちゃ。



撮影当日。
赤のダージリンということで、真っ赤なジャケットに真っ赤なプリーツスカート、それから真っ赤なミニのシルクハットという、本当に全身真っ赤の衣装だ。
しかし、ただ真っ赤なだけでなく、葉をイメージした模様が胸元のリボンとプリーツスカートにあしらわれている。
この様子だと、奏世は恐らく全身青だろう。ジャスミンなら、模様は花だろうか。
「はい、ヘアセットも終わったよ」
「わああ、可愛い!」
ヘアメイクさんに髪をふわふわに巻いてもらう。地毛がストレートなので、普段と違う髪に思わずテンションが高まる。
そういえば、初CM撮影の時もこうやって衣装や髪型に胸躍らせたなあ。あの時は豪華なドレスを着せてもらったから、尚更目が輝いた。
このお仕事の魅力は、色んな人になれることだ。それは中身だけでなく見た目にも言えることで、こうやって普段着ないような衣装を着せてもらったり髪型をめいいっぱい弄ってもらえる。
鏡を覗き込む。メイクさんにお化粧を淡くしてもらったおかげで、いつもの自分より幾分かキラキラして見える。けれど、瞳には若干の不安の色。
ライバルとはいえ、相手は年齢も芸歴も年下よ。努力だってしてきた。演技に対する情熱だって誰にも負けないつもり。
頑張れ、自分。頑張れ、小鳥遊栞菜。
敢えて強気で挑むことにした私は、しっかりとした足取りで撮影現場に入った。
「小鳥遊栞菜です。本日はよろしくお願いします!」
深々と頭を下げる。が、今日は厚底ブーツなので重心のバランスが取りにくい。あまり頭を下げすぎるとふらつきそうで、ぐっと足に力を入れた。
「牧丘さん入りまーす!」
スタッフの声と共に、奏世がスタジオ入りした。
「牧丘奏世です、よろしくお願いします!」
予想通り、奏世は全身青の衣装だった。青いジャケットに、青いズボン。奏世はネクタイとズボンがジャスミンを連想させる花柄であしらわれている。
奏世はどんな格好も様になるのね、と遠目で見ていたら、目線に気が付いたのか奏世がこっちにやってきた。
「おはよう。今日はよろしくお願いします、小鳥遊さん」
「おはよう。こちらこそよろしくね、牧丘くん」
二人はCMの構図では対立関係だ。だからなのか、それとも仕事だからか、他人行儀で挨拶してきたので私も素直に応えた。

「それじゃあ、撮影入りまーす!」
各々に指示が飛び交う。しばらくして栞菜と奏世もセットに呼ばれる。
私が準備をしようと動き出した時、奏世が私を追い抜き颯爽とセットへ入っていった。
「可愛い」
この言葉をすれ違いざまに落として。
「え」
セットに入った奏世はもう役者モードだった。
冗談かお世辞だったと思うけど、勝手にそんな言葉を残して自分はさっさと仕事モードになるなんて、狡い人。
ただでさえ奏世との共演に気を張り詰めているのに。ここだけの話、気を負いすぎて今朝はまともにご飯が食べれなかったくらいなのに。
でもこんなことで動揺してはダメ。頑張らなくちゃ。頑張れ、小鳥遊栞菜。
今、目の前にいる人はずっと追い続けたライバルなんだから。


  ▽


「――私はダージリン」
「――僕はジャスミン」
「――あなたは」
「――どっち?」
撮影から半月。ついにCMが放送され始めた。
バックライトを浴び、シルエットが浮かび上がる私。順光を浴びながら商品を手に持ちモデルウォークで数歩歩く。次に氷のたっぷり入ったグラスにダージリン紅茶が爽やかに注がれる接写。
そして、私を照らすライトとカメラが右にパンし、同じくバックライトを浴びた奏世を映し出す。その後は私と同様の順序にCMは進む。
最後、真ん中からきっちり赤と青に分かれている背景の前で、私と奏世が商品に口付け、先程の台詞でCMは終わる。
「わああっ、お姉ちゃんと奏世くんカッコイイ!」
「そう?」
「うん、モデルウォークもばっちり決まってたよ」
「円花に言われると安心」
個人的にもこのCMはお気に入りだった。奏世を前に上手く出来るか不安なところが正直あったが、結果的に良い出来栄えだと思う。
奏世の演技は、やっぱりすごかった。高校生になったばかりとは思えない程のクールさを醸し出しながらのウォーキングは、格好良いという言葉じゃ勿体ない。その色気を含む眼差しに思わず鳥肌が立ったくらいだ。
ちゃんと絡みのある共演は初めてだったが、率直な感想は「楽しい」。
確かに奏世相手では緊張もしたし気負いもした。自分を自然と追い込もうとしていたし、その結果食欲さえ落ちた。
けれど、私がライバルと決めた人だ。仕事に対する熱や取り組み方、想い、姿勢。その全てが気持ちよかった。一緒に演じたい、と思わせるものだった。