だが、やがて小さな声で、「ちょっと、困らせたかったから」と答えた。

「困らせる? 誰を?」

「――お母さん。
 実は……、あそこへ行く前、お母さんに凄く叱られちゃったから。もちろん、悪いことをしたから怒られたんだけど……」

 宏樹は呆気に取られた。
 よくよく聞くと、本当に大した理由じゃない。

 紫織を叱る紫織母に、わんわんと泣き喚く紫織。
 そんな母子のやり取りを想像していたら、つい笑いが込み上げてきた。

「あっはははは……! まさか、そんな可愛い理由だったとは! なるほどなあ! あの頃の紫織は、家出をしたつもりだったのか!」

 豪快に笑われた紫織は、頬を真っ赤にし、口を尖らせながら俯いている。
 やはり、笑い飛ばされたことが大いに不満だったようだ。

 当然ながら、宏樹もそれに気付いていた。
 だが、アルコールが入っているのも手伝ってか、いつもよりもテンションが上がっており、笑うのをやめることが出来ない。

 しばらく、宏樹の笑い声は冬の闇夜の中に響き渡った。