「そういえば、紫織は冬が一番苦手だったっけ? ちっこい頃も寒いのを嫌がって、自分から外に出ようとはしなかったもんな。そのたびに、朋也に無理矢理連れ出されて……」

「――憶えてたの?」

「憶えてたもなにも、当時の紫織も今と全く同じ表情をしてたから。俺は可哀想だと思ったんだけど、年中無休で元気がありあまってる朋也には、紫織の気持ちなんて理解出来なかっただろうし……」

「――俺が何だって?」

 宏樹が言い終えるのと同時に、彼より少しばかり背の高い少年がヌッと現れた。

「と、朋也!」

 予想外の人物の出現に、紫織はわずかに動揺する。
 今の会話、全て聴かれていたのだろうか。

 だが、弟の高沢朋也の話題を出していた張本人である宏樹は慌てている様子が全くない。
 それどころか、まったりとした口調で、「やっと出て来たのか」と呆れたように言う。

「いつまで経っても起きてこないから、遅刻するんじゃないかと心配したよ」

「フン、よけいなお世話だ。それよりもお前ら、何コソコソと人の陰口を叩いてんだ?」

「べっ、別に陰口なんて叩いてないもん!」

「そうだな。『朋也は年中無休で元気』だと堂々と話していたんだから、陰口を叩いてたとは言わない」

「ここ……、宏樹君!」

 誤魔化しもせずにサラリと言ってのける宏樹に、紫織の方がオロオロしてしまった。

 案の定、朋也の顔は紅潮している。
 怒りが爆発するのも、もはや時間の問題といった感じだ。

(宏樹君! なんでわざわざ怒らせるようなことを……!)

 そう思いつつ、宏樹の狙いも実は分かっている。
 宏樹は昔から、朋也をからかうという悪い癖があった。

 朋也はすぐにムキになるため、宏樹としてはそれがとにかく面白いらしい。
 面白がっているだけならまだ良いのだが、さらに煽るような発言をするから、朋也はまた怒りを露わにする。
 そして、またさらに挑発しては怒鳴らせるという悪循環を繰り返す。

 からかわれ続ける朋也も憐れだが、一番の被害者は、ふたりのやり取りを傍観し続けている紫織である。
 黙って見ているのは辛いし、何より疲れてしまう。