『――ごめんね……』

 沈黙を破るように、千夜子が不意に口を開いた。

『自分から酷いじちを言っておきながら、電話なんてしちゃったから……』

「いや、それは別に構わないけど」

 宏樹は小さく深呼吸すると、「何かあった?」と訊ねた。

 千夜子は少しばかり躊躇っていたようだったが、すぐに『うん』と言葉を発した。

『ちょっと……、彼と喧嘩しちゃって……』

「喧嘩? 何でまた?」

『別に大したことじゃないんだけど……。でも、こういう喧嘩はしょっちゅうだから、何だか疲れちゃった……』

 千夜子の話に、宏樹は神妙な面持ちで耳を傾けていた。

 千夜子が本当は自分に何を告げたいのか。
 もしかして、という気持ちと、まさか、という思いが宏樹の中で交錯している。

『コウ』

 千夜子が宏樹の名を呼んだ。

 宏樹は息を飲み、そのあとに続くであろう言葉を待つ。

『――もう一度、やり直せない?』

 宏樹の全身から、汗が一気に噴き出した。
 同時に、電話を握り締めたまま、呆然と宙に視線をさ迷わせた。
 嬉しくないはずはない。
 ないはずなのに、何故か、言葉が思うように出てこない。

『――コウ……?』

 電話の向こうで、千夜子が心配そうに訊ねてきた。

 宏樹はハッと我に返った。

「あ、ああ、ごめん」

『――大丈夫?』

「いや、大丈夫だけど……」

 宏樹は瞳を閉じ、この先、どう千夜子に応えるべきかを考えた。

 いいよ、と言いたいのは山々だ。
 しかし、心のどこかではそれを拒絶している。

(どうする……?)

 心の中で問うが、答えはすぐには出なかった。