「――あんたも、紫織をよく理解してるな」

 不意に朋也が口を開いた。

「あいつは山辺さんの言う通り、ただそこにいるだけで周りをホッとさせてくれるんだよ。ただ、俺に対してはムカつくほど態度が悪いけどな。
 でも、どんなに貶されても、あいつのことはどうしても嫌いになれない。――それどころか、あいつを見るたびに……、堪らなく苦しくなる……」

 朋也はそこまで言うと、哀しげに笑みを浮かべた。

「――悪いな、いきなりこんな話をしちまって」

 ばつが悪そうに謝罪する朋也に、涼香は「ううん」と首を横に振った。

「高沢君の気持ちは、私もなんとなく分かるから。――辛いよね。好きな人に見向きもしてもらえない、って……」

 涼香は朋也に向けてより、自分に言い聞かせるつもりで口にしていた。

 当然ながら、朋也は涼香の深意になど気付くはずもない。
 ただ、「そうだな」とだけ答えていた。

「さてと! そろそろ帰ろっかな!」

 朋也は自分の腕時計に視線を落としながら言った。

「それじゃあ俺行くわ。山辺さん、付き合わせて悪かったな」

「いいよ別に。私もそんなに急いでたわけじゃないから」

「そっか。――じゃあ、お先に」

「うん、さよなら」

 朋也は涼香の挨拶を聞く前に、教室の戸を閉めてしまった。