ピピピピピ……


 夢と現実の境をさ迷っている中で、けたたましいアラーム音が辺りに響き渡った。

「もう……、煩い……」

 加藤(かとう)紫織は鬱陶しげにぼやくと、瞼を閉じたままの状態でベッドの上の目覚まし時計に手を伸ばし、手探りでスイッチを止めた。

 部屋の中に、静けさが戻る。

 紫織は今度は腕を引っ込め、頭から布団を被った。
 あと少しだけ、と思いながらウトウトととまどろむ。
 布団の中の温もりも手伝い、幸せは絶頂に達している。

 だが、そんな幸せは決して長くは続かない。

 しばらくすると、部屋の向こうから微かに階段を昇ってくる足音が聴こえてくる。
 心なしか、その足取りは荒々しい。

(あ、そろそろかも……)

 そう思っている間にも、足音は階段を完全に昇りきったようだった。
 同時に、自室のドアがもの凄い勢いで開かれた。

「紫織!」

 予想通りの第一声だった。
 その声は考えるまでもなく母親だ。
 声を聴いただけでも、相当お怒りであることは明白である。

「全く! 目覚ましが鳴っても起きないなんて……。ほら! とっとと起きなさい! 遅刻しちゃうでしょ!」

 お説教を言い終える間もなく、母親が布団を剥ぎ取ろうと手をかけてきた。

「ダメダメダメ! だるいし眠いし寒い!」

 負けじと布団をがっつりと掴んで抵抗を試みるも、母親の力は思った以上に強く、バサッと音を立ててあっさりとよけられてしまった。

 目の前に現れた母親の顔は、まさに鬼の形相であった。

 紫織は言葉を失ったまま、母親を凝視する。

「さあ紫織ちゃん、起きましょうね。『寒くて眠いから学校に行きたくない』なんて屁理屈は、いっさい聞きませんよ?」

 先ほどとは打って変わり、母親の口調は丁寧さを増していた。
 怒鳴られている時よりも、遥かに恐怖を感じる。

 母親の言葉に、紫織は黙って頷いた。

 これ以上、よけいなことは言うまい。
 そう自分に言い聞かせながらのろのろとベッドから降りた。