「あれ? 紫織は?」

 戸を開いた主は、涼香と視線が合うなり訊ねてきた。

 涼香は、一呼吸吐いて心を落ち着かせると、「帰ったよ」と相手に答えた。

「紫織に、何か用だったの?」

 今度は逆に訊き返してみた。

「いや、別に用事、ってほどじゃないんだけど……。ただ、あいつ病み上がりだし、心配だから家まで送ってやろうかって思っただけで……」

 正直な男だ、と涼香は思った。

 彼――高沢朋也は、紫織が絡むと、これ以上にないほど面倒見が良くなるらしい。
 幼なじみというよしみもあるだろうが、何より、紫織に想いを寄せているという理由が大きいと思う。

 もちろん、本人から改めて訊いたことなんて一度もない。
 この少年は紫織同様、顔や態度に出やすい体質なので嫌でも分かってしまうのだ。
 ただ、肝心の紫織は朋也よりも、この兄に淡い恋心を抱いているというのだから報われない。

 そして、涼香も然り。
 目の前の少年に多くは望んでいない。
 しかし、紫織から気持ちを聞いた時、ほんのわずかに期待を寄せてしまった。

(私らしくもない。ほんと馬鹿だわ)

 そう思わずにはいられない。

「――山辺、さん?」

 朋也が怪訝そうに涼香を呼んだ。

 苗字とはいえ、朋也に固有名詞で呼ばれるのは初めてだったので、涼香の胸は急速に高鳴る。

「なに?」

 朋也に動揺を悟られまいと、涼香は平静を装いながら訊ねた。