「――私、もうちっちゃくないんだよ?」

 つい、口を突いてしまった。

 紫織はハッとしたが、一度出てしまった言葉を飲み込めるわけでもないので、ギリギリのところで平静を装った。

 宏樹の手は止まっている。
 少しばかり、紫織を覗うように見つめていたが、やがて「そうだな」と手を下ろした。

「紫織だって、いつまでもガキのまんまじゃないよな。朋也も、いつの間にか成長しちまってるし……。はは……、俺は置いてけぼりか……」

 宏樹はまるで、自らを嘲るように言った。

 これは紫織も予想外だった。
 だが、海に行ったあの日の宏樹の様子を改めて想い出すと、この投げやりにも思える台詞は妙に頷ける。
 もちろん、宏樹に詳しいことなど訊けないし、訊いたとしても答えてくれないのは分かっている。

「――そろそろ、学校行くね」

 そう告げるのが精いっぱいだった。

「あ、ああ。そうだな」

 宏樹はいつものように笑顔を繕ってきた。

「それじゃ、気を付けて行けよ? 路面、結構凍ってるからな」

「うん、ありがと。気を付けるね」

 紫織も笑みを返すと、宏樹に背を向けて慎重に歩き出した。

 しばらく歩いてから、紫織は振り返ろうとした。
 しかし、身体はそれを拒否している。

「宏樹君……」

 紫織は囁くように名前を口にしてみる。

 宏樹への想いを、改めて確かめるかのように。