「あれ? 紫織」

 玄関を開けて外に出るなり、紫織の名を口にしたのは朋也ではなかった。
 だが、それでも気まずさに変わりはない。

「おはよう」

 ぼんやりと立ち尽くす紫織に、宏樹はにこやかに挨拶してくる。

 紫織は、そこでやっと我に返った。

「あ、おはよう!」

 慌てて挨拶をすると、宏樹は、いつもの如く穏やかな表情を浮かべながら、「どうした?」と言ってきた。

「紫織、元気がないようだけど? あ、もしかして、まだ風邪良くなってなかったか?」

 宏樹の言葉に紫織は驚いた。
 何故、自分が風邪を引いたことを知っているのか、と。
 しかし、よくよく考えてみると、朋也か母親辺りから話を聴いたのかもしれない。
 そう考えると納得がいく。

「ううん、風邪はだいぶ良くなったよ」

 紫織は追及することなく、ごく自然に答えていた。
 宏樹はそれを聴くと、「そうか」と安堵したように優しい眼差しを向けてきた。

「けど、あんまり無理するなよ? 油断すると、風邪はすぐにぶり返してしまうからな」

「うん、ありがと。無理はしないから大丈夫。それにどのみち私は寒いのが苦手だし、ダメだと思ったらすぐにあったかい場所に避難するよ」

「あはは……! そういや、紫織は昔から冬がダメだったもんな」

 周りの寒さも吹き飛ばす勢いで笑う宏樹を、紫織は恨めしく思いながら上目遣いで睨む。
 もちろん、先に寒いのが苦手だと言い出したのは、誰でもない紫織本人なのであるが。

(けど、海に行った時もからかわれたし)

 そんなことを考えていたら、宏樹は声を上げて笑うのをやめ、けれども口元を綻ばせながら、紫織の頭に手を載せてきた。

「何度も言うけど、ほんとに無理は禁物だぞ?」

 そう言いながら、宏樹は少し乱暴に頭を撫でた。

 やっぱり子供扱いされているらしい。
 そう思うと、紫織の不満はさらに増大する。