「うん、大丈夫」

 紫織は答えると、朋也から離れようとする。
 ところが、朋也は先ほどよりも強く紫織を抱き締めた。

「朋也、離してよ……」

「やだね」

 紫織が訴えるも、朋也はきっぱりと拒絶する。

 身動きの全く取れなくなった紫織は、朋也の腕の中で呆然としていた。


 朋也、どうして離してくれないの?
 どうしてこんなことするの?
 どうして私を困らせようとするの?
 朋也、どうして……?


 様々な疑問が、紫織の中でグルグルと渦巻く。

「紫織」

 紫織を抱き締めたまま、朋也が耳元で囁いた。

「俺じゃ、ダメか?」

 朋也の思わぬ言葉に、紫織は口を小さく開いたまま瞠目した。
 また、声が出なくなった。

 朋也はそれをどう捉えたのであろう。
 しばらく黙ったまま、紫織を変わらず包み込んでいた。

「俺は……」

 絞り出すように朋也が口を開いた。

「紫織のこと、ずっと好きだった。けど、どんなにお前が好きでも、俺の気持ちなんて分かってもらえるわけないって気付いてた。――だって紫織の目には、兄貴しか映っていないんだからな。
 悔しかったよ……。俺は、どうあがいたって兄貴になんて敵いやしないんだから。あいつは大人だし、しっかりしてるし、親だって兄貴を一番信頼してる。
 紫織だってそうだろ? いつもいつも、俺をガキ扱いしやがって……。
 確かに俺は、兄貴に勝てるもんなんてひとっつもない。けどな、これだけは自信を持って言える。俺は、兄貴なんかよりもずっと、紫織を幸せにしてやれる」

 朋也はそこまで言うと、紫織の髪に顔を埋めてきた。
 まるで、紫織の存在を確かめるように。