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 学校帰り、朋也は自分の家の前で紫織の母親と遭遇した。

「あら、朋也君」

 紫織母は朋也と逢うなり、満面の笑みを向けてきた。

「こんにちは」

 朋也もそれに応えるように、微笑しながら挨拶する。

「こんにちは。お隣に住んでいるのに、朋也君と逢うこともなかなかなかったわね。元気だった?」

「ええ、お陰様で」

「そう、それは良かった」

 ふたりで他愛のない言葉のやり取りを繰り返していたが、紫織母は「そうそう」と言ってきた。

「今日、紫織が熱を出しちゃって。午前中に病院に連れて行ったんだけど、ただの風邪だったみたいね」

「え? 紫織、風邪引いたんですか? なんで?」

「あの子の話だと、どうやら昨日、宏樹君と海に行ったらしいのね。だからきっと、潮風に当たってしまったのが原因ね」

(――兄貴と、海……?)

 紫織母の言葉に朋也の心の中は、暗雲が立ち込めたようにモヤモヤした。
 紫織は別に自分のものではないのだから、こんな気持ちになること自体が間違いだと分かっている。
 それなのに、何故か、紫織に裏切られてしまったという不快感を覚えてしまう。
 同時に、宏樹への不信感も募ってゆく。

(兄貴、紫織のこと〈妹〉としか思ってなかったんじゃないのかよ……?)

 朋也は唇を強く噛み締めながら、肩を並べて砂浜を歩くふたりを想像する。

(胸糞わりい!)

 本当は口に出して叫びたかったが、紫織母の手前もあり、それは辛うじて抑えた。

 その代わり、朋也は紫織母に「あの」と声をかけた。

「紫織の見舞い、俺が行ったら迷惑ですか?」

「迷惑? とんでもない!」

 紫織母は目を大きく開きながら、何度も手の平を振った。

「朋也君なら大歓迎よ! 紫織もきっと、朋也君がお見舞いに来てくれたら喜ぶわよ」

 屈託なく言う紫織母に、朋也の口元も自然と綻んだ。

「それじゃあ、早速いらっしゃいな。あ、それとも一度、着替えた方がいいかしら?」

 紫織母の問いに、朋也は「いえ」と首を振った。

「着替えていたら遅くなりますし、このまま行きますよ」