「――冷たい」

 ふと、宏樹がポツリと口にした。

「ご、ごめんっ!」

 紫織はハッと我に返り、慌てて手を離そうとしたが、今度は逆に宏樹にそれを捕らえられてしまった。

「冷たいならなおさら、俺があっためてやらないとな」

 宏樹はそう言うと、紫織の両手を宏樹のそれで包み込んできた。

「あったかい」

 紫織が言うと、宏樹は小さく笑んだ。

「そういえば、手が冷たい人間は心が温かいって言うよな。逆に、手が温かい人間は……、心が冷たい、って……」

「そんなの、ただの迷信でしょ」

 手を握られた状態のまま、紫織は宏樹を見上げながら言った。

「宏樹君は冷たい人間じゃないもん。それは私が一番分かってる。周りを最優先しちゃって、だから、必ず自分が犠牲になってしまう。器用そうで、実は人一倍不器用で……。でも……、私はそんな宏樹君が……」

 言いかけて、紫織は最後の言葉を飲み込んだ。

 宏樹に自分の想いを知ってもらいたいという気持ちがないわけではない。
 しかし、まだ、伝えるには早過ぎるような気もしていた。

 一方、宏樹は相変わらず、穏やかな笑みを浮かべたままである。

「紫織の気持ち、ありがたく受け取っておくよ」

 先ほどの言葉を告白だと理解してくれたのであろうか。
 そう思うと、体温が急速に上昇してきた。
 胸の鼓動も同時に速度をを増している。

「紫織?」

 呆然としている紫織の顔を、宏樹が怪訝そうに覗き込んできた。

「ぎゃあっ!」

 紫織は思わず、珍獣のような悲鳴を上げてしまった。

 そんな紫織に、宏樹は苦笑して見せる。

「そんなにビックリすることないだろ……。ほら、あんまり長い間いると風邪引いちまう。そろそろ帰るぞ?」

「え……。あ、うん」

 紫織が頷くと、宏樹は紫織から手を離した。
 今まで温められていた両手は、再び外の冷気に晒され、物悲しさを感じさせた。

 ふたりは並んで海に背を向ける。

 一歩を踏み出すごとに、波音が少しずつ遠ざかっていった。

[第四話-End]