「分かった分かった。そうムキになるな」

「ムキになんかなってない! そもそも、宏樹君が私を子供扱いするから……!」

「――参った……」

 宏樹は、降参だと言わんばかりに両手を挙げた。

「俺はただ、紫織を元気付けようと思っただけだったんだけどな」

「え……?」

 宏樹の言葉に、紫織は目を大きく見開いた。

「私を、元気付ける……、ため?」

「そうだよ」

 宏樹はニッコリと頷いた。

「俺は、落ち込んでいる紫織を見るのは辛いからね。紫織だけじゃない。朋也にも、いつも笑っていてほしいから。――まあ、ちょっと度が過ぎて、かえって逆上させてしまう場合もあるけど……」

 ばつが悪そうに頭を掻く宏樹を、紫織はぼんやりと見つめた。
 涙はすでに引っ込んでいる。

「紫織、俺はね、紫織と朋也に幸せになってもらいたいと思ってるんだよ。俺はこの先、自分の幸せは望めないだろうしね。――信じ続けてきた想いは、もう……、この手中にはないから……」

 宏樹は紫織の頭から手を離すと、今度はそれを見つめた。

 その瞳は、心なしか揺れている。

 宏樹は決して、自分のことは口にしない。
 だが、宏樹の心を打ちのめすような何かが、ここ最近の間にあったことは紫織も察した。
 同時に、宏樹が何故、冬の海を見に来ようと思ったかも分かった気がした。

(宏樹君の心はきっと、泣いてるんだ……)

 宏樹の想いに気付いた紫織は、彼を抱き締めたい衝動に駆られたが、さすがにそれは拒絶されるであろうと思い直した。

 代わりに、宏樹の手にそっと触れた。
 車に乗ってからは手袋を外していたので、互いの手の感触が直に伝わってくる。