「いきなり叩くことないでしょ! 暴力反対!」

「なにいっちょまえな口利いてんのよ」

 母親は腰に両手を当て、それこそ仁王像のような凄まじい形相で紫織を睨んでいる。

「ちょっとぐらい痛い目に遭わないと、あんたは全く人の言うことなんて聴かないでしょうが。それに、そんなに強く叩いてないでしょ。――ほんとに大袈裟なんだから!」

「――だって……」

「『だって』じゃないの! もう、あんたがここにいると掃除もロクに出来ないからどっかに行ってらっしゃい!」

「ええーっ……!」

「――何か、ご不満でもあるのかしら?」

 母親は紫織に、満面の笑みを浮かべている。
 だが、実は全く笑っていないのは、紫織も重々承知していた。

「――いえ、ありません……」

 力なく答える紫織に、母親は満足気に頷く。

「分かればいいのよ」


 母親から追い出された紫織は、自室へと戻ってコートを着込んだ。

 本当は家から出たくなかったのだが、自分の部屋にいたとしても、先ほど同様、酷い扱いを受けるのは目に見えている。

(風邪を引いたら、絶対にお母さんを恨んでやる)

 紫織はそう思いながらコートを着込み、お気に入りのクリーム色のマフラーを巻いた。

 手ぶらで出るのも何だか虚しいような気がしたので、小さなバッグを手にし、その中に財布を忍ばせた。
 財布の中身は雀の涙ほどしかないが、ないよりはましである。
 贅沢は出来なくても、せいぜいファーストフードぐらいは口に出来る。

「さてと……」

 ひととおりの準備を終えると、紫織は再び部屋を出た。