どれほどの時が経ったであろうか。

『――コウ』

 決心が付いたのか、やっとのことで千夜子が再び口を開いた。

『私、今までコウに言えなかったことがあった……。実は……、この間から、他に好きな人が出来た……』

 宏樹は目を見開き、危うく子機を床に落としそうになった。

 予想もしていなかった千夜子からの告白。
 いや、心のどこかでは分かっていたが、宏樹はあえてそれに気付かないふりを装ってきた。

 宏樹は深呼吸をして、一度心を落ち着かせると、努めて冷静に訊ねた。

「千夜子、今のはほんと?」

『――うん。でも、コウを嫌いになったわけじゃない。ただ……、なかなか逢えないコウよりも、近くにいる人が良かったから……』

 千夜子の言葉に、宏樹はただ黙って耳を傾けるしかなかった。

 彼女の気持ちは分かる。
 宏樹も、千夜子と逢えない時間は淋しくて不安だったのだから。
 しかし、それでも千夜子との未来を信じ、いつかは一緒になろうとも考えていた。

「――そっか……」

 やっと出たのは、それだけだった。
 もう、頭が真っ白で何も浮かばない。

 千夜子は電話の向こうで、何度も『ごめんなさい』を繰り返している。

「いや、俺にも非があるから……」

 今にも泣き出しそうな千夜子の声を聴きながら、宏樹は呟く。

 自分が悪いと思い込まないと、心変わりした千夜子を責めてしまう。
 だから、必死で自分に言い聞かせた。