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 その日の夜、宏樹は夕食を済ませてから自室に電話の子機を持ち込んだ。

 番号を押すたびに鳴る電子音。
 期待よりも不安が押し寄せる。

 やがて、電話の向こうでコール音が鳴り出した。


 一回、二回、三回……


 相手はなかなか出ない。

(やっぱり、ダメか……)

 諦めて電話を切ろうとしたその時だった。
 コール音がピタリとやみ、向こう側から『もしもし』と透明感のある声が聴こえてきた。
 宏樹は慌てて受話器を耳に当てる。

「あ、えっと……、千夜子(ちやこ)……?」

 本人だと分かっていたが、念のためにと確認する。

『――うん』

 電話の相手――千夜子は消え入りそうな声で答えた。

「元気だった?」

『うん、コウは?』

「ああ、俺もお陰様で」

『そう』

 久しぶりの会話だからか、互いにぎこちない。

 話したいことはたくさんあるはずなのに、何を話して良いのか分からず、宏樹も少しばかり困惑していた。

『――ごめんね……』

 数秒間の沈黙のあと、千夜子が謝罪を口にしてきた。

 何故、謝られるんだ、と宏樹は怪訝に思いながら眉根を寄せる。

「どうしたんだ、いったい……?」

 宏樹が訊ねるも、千夜子はまた、口を閉ざしてしまった。

 宏樹は、辛抱強く言葉の続きを待つ。

 静まり返った部屋の中に響く、時計の針の音。
 心臓の鼓動もトクトクと脈打っている。