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「……や。……もや……」

 夢と現実の境目で、誰かが呼んでいるような気がした。

「……ん……」

 朋也は小さく呻くと、重くなっている瞼をこじ開けた。

 いつの間にか眠っていたらしい。

 陽はすっかり暮れ、点けっ放しにしていた電気ストーブの明かりが暗闇の中にぼんやりと浮かび上がっている。

 朋也はゆっくりと身を起こして、ベッドの上で胡座を掻いた。

 すると、今度ははっきりと、「朋也!」と苛立ちの籠った声が耳に飛び込んできた。

「んだよー!」

 その場から一歩も動かず、朋也は面倒臭そうに怒鳴り返した。

 ドアの向こう側からは、階段を昇ってくる荒々しい足音が聴こえてくる。

「『んだよ』じゃないの! こっちは何度もあんたを呼んでたのに!」

 部屋のドアを開けたのと同時に、母親が朋也を嗜めると、辺りをグルリと見回して大きな溜め息を吐いた。

「あんた、真っ暗にして何ぼんやりしてんの……?」

「別に好きで暗くしてたんじゃねえよ。寝てたら暗くなってただけで」

「呆れた! ほんとにあんたは暇さえあればよく寝るわねえ……。だから図体だけがやたらとデカくなったのかしら?」

「うるせえ! それより何なんだよ? 用がないならとっとと出てけ!」

「何なのその言い方は……!」

 母親は朋也を一瞥すると、再び溜め息を漏らした。

「ご飯が出来たから呼びに来たのよ。――食べたければ降りてらっしゃい」

 これ以上は相手しきれない、とでも言いたげに母親は黙って部屋を出て行った。

 残された朋也は、ストーブの明かりをしばらく見つめていた。

 とりあえず、母親のお陰で頭も完全に覚めた。
 同時に、〈ご飯〉という台詞を耳にしたとたん、急に空腹を感じ始めた。

「飯、食うか……」

 朋也はひとりごちると、ベッドから降りてストーブのスイッチを切り、静かに部屋を出た。