「ま、今まで頑張ってきたんだろうし、そろそろいいか」

 ずいぶんと上から目線な言い方、と紫織は眉をひそめた。
 だが、これが宏樹なりの答え方なのかもしれない。

「――宏樹君って性格悪いね」

 紫織がポツリと呟くと、宏樹は「今さら気付いたのか」と踏ん反り返った。

「この見た目で、何故か〈いい人〉だと勘違いされるんだけどな。けど実態は、弟をいたぶることを楽しんでいるどエス兄貴」

「――『どエス兄貴』って……。普通、自分で言う?」

「人に言われるのは癪だから」

 しれっとして答える宏樹を目の前にして、紫織はほんの少し、やはり人選を誤ったか、と後悔の念に囚われた。

「やっぱイヤになったんじゃないか?」

 紫織の思いを読み取ったかのように宏樹が言う。

 紫織は慌てて「ちっ、違う!」と何度も首を振った。

「どエスだろうが何だろうが、宏樹君が一番だから! ――てゆうか、分かってて言ったでしょ?」

「おっ! 少しは賢くなったみたいだな」

「――やっぱ最低……」

 紫織が恨めしげに宏樹を睨むと、宏樹は、降参だ、とばかりに両手を小さく上げた。

「ま、ふざけるのはここまでにして……。紫織、ちょっと外見てみろ」

 宏樹に言われ、紫織は後ろを振り返る。
 同時に、そのまま目が釘付けとなった。

 雪が、ちらつき始めていた。

 それを眺めながら、紫織は、今日の天気予報で雪マークが出ていたことを改めて想い出した。

「あの日と同じだね」

 紫織が呟くと、宏樹も「そうだな」と頷く。

「どうやら、俺と紫織は雪に縁があるみたいだしな。もちろん、ここに住んでいれば、冬は必ず雪とご対面なわけだけど」

 宏樹と紫織は、それからしばらくの間、音もなく降り続く雪を黙って見つめていた。