「ここんトコずーっと、兄貴の様子がおかしかったからな。それに、あの時の電話、紫織だろ? 兄貴がちょっと焦り気味だったから、俺も何となく勘付いた。――ま、気付かねえふりしてやったんだけど」

「――どうして……?」

「考えるまでもねえだろ」

 朋也は口元に小さな笑みを浮かべた。

「俺は、紫織のために知らんふりをしてやっただけだ。兄貴だって結局は、紫織のことはまんざらでもなさそうな雰囲気だったしな。
 確かにムカつくけど、かと言って、紫織が不幸になるのも見てらんねえし」

 そこまで言うと、朋也は悪戯っ子のように白い歯を見せた。

 もしかしたら、相当無理をしているのかもしれない。
 しかし、だからと言って、朋也の気持ちに応えることも決して出来ない。

「――ごめん……」

 紫織は謝罪を口にした。
 それ以上、何も言葉が出てこなかった。

 そんな紫織を朋也はどう思ったのだろう。
 朋也もまた、よけいなことは何も言わず、ただ、紫織の髪を何度も撫で回していた。