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 帰りの車の中は静けさに包まれていた。

 ただ聴こえるのは、エンジンとエアコンの音のみ。

 行きに散々寝たためか、今は全く睡魔が襲ってこない。
 むしろ、このまま寝てしまうのは惜しいとさえ感じていた。

「紫織、憶えてるか?」

 今まで運転に集中していた宏樹が紫織に話しかけてきた。

 紫織はハッとして、運転席の宏樹に向けて首を動かした。

「紫織が迷子になった時のこと。あの時、紫織は俺に言ったんだよ。『ずっと、あたしといっしょにいてくれる?』って」

「――憶えてるよ。自分で言ったことだもん。それに、あの時の言葉を支えに私は今まで頑張ってきたようなものだし」

 紫織は、今さらなにを、と不思議に思い、宏樹の表情を覗った。

 宏樹は片手でハンドルを握り、空いた方の手で顎を擦りながら考えるような仕草を見せてから、「俺はさ」とポツリと口を開いた。

「あの約束、守れる自信が全くなかった。俺とお前は十歳も年が離れているし、それ以前に、あの頃は俺もまだまだガキだったから、チビの約束に縛られるなんて真っ平ごめんだ、って思っていたから。
 でも、もしかしたら、今ならあの時の約束を守れそうな気もする。――ただ……」

「『ただ』、何?」

 紫織が訊ねると、宏樹は一呼吸置いてから続けた。

「逆に、紫織を縛り付けてしまいそうな気がして……。――やっぱり、朋也の方が……」

「朋也は宏樹君じゃないよ」

 紫織は宏樹の言葉を素早く遮った。

「さっきも言ったはずだよ? 私は、宏樹君が宏樹君だから好きなんだ、って。朋也ももちろん好きだけど、朋也に対しては、恋愛感情は持てないと思うから。――これからもきっと……」