「ま、色々あったからなあ」

 宏樹が不意に口を開いた。

 紫織は弾かれたように顔を上げると、再び宏樹に視線を向けた。

 宏樹は小さく笑みを湛えながら、自分より小さな紫織を見下ろしている。

「俺はめんどくさがりのくせに、ひとつのことに執着すると、いつまでもそれを追い続ける癖があるから……。相手がどんなに嫌がっていると分かっていても、相手の口からはっきりと拒絶されない限りは、好きなオモチャを独占したがるガキと同じで、いつまでも放そうとしない。
 ただ……、最終的には、俺が手酷いことを言って突き放してしまったんだよな……。――あいつ、どれだけ傷付いてしまったか……」

 そこまで言うと、宏樹は先ほどまでの笑みを消し去り、口を噤んでしまった。

 紫織は目を見開いたまま、宏樹の表情を覗う。

 彼の真顔は何度か目にしている。
 しかし、今、紫織の目の前にいる宏樹は、今にも泣き出してしまうのではないかと思えるほど苦しみに満ちていた。

 紫織の胸が、酷く痛み出した。

 自分はあまりにもちっぽけだ。
 宏樹の支えとなるには、まだまだ未熟であると充分に自覚しているが、それでも、彼の心の傷を少しでも癒したいと切望した。

 紫織は、ほとんど無意識に宏樹の身体を包み込んでいた。
 傍から見たら、紫織がしがみ付いているように映るかもしれないが、幸いにもここには、紫織達以外には誰もいない。