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 宏樹の車は、駅のすぐ側に停められていた。

 紫織は宏樹が運転席に乗り込むのを見届けてから、自らも助手席のドアを開けて入った。
 こうして彼の車に乗るのは、風邪を引くきっかけとなった海に出かけた時以来だ。

「どこ行くの?」

 行き先を全く知らされていなかった紫織は、車に乗るなり宏樹に訊ねた。

「それは行ってからのお楽しみ」

 宏樹はそれだけ言うと、キーを差し込んだ。

 その瞬間、紫織は、あれ、と思いながらキーを指差した。

「宏樹君、それ……」

「え? ああ」

 宏樹はやはり察しが早い。
 口元に笑みを湛えながら、紫織の指差す先に視線を落とした。

「せっかく貰ったからね。あれから早速付けたんだよ」

 そう言いながら、キーに付けられたキーホルダーの熊を指で軽く弄んでいる。

「予想外のプレゼントにビックリしたけどな。でも、よくよく見ると可愛いから、すっかり愛着が湧いたよ」

 宏樹は屈託なく笑っているが、紫織はどうにもいたたまれない気持ちだった。

 熊のキーホルダーを買ってしまったのは予算の問題ももちろんあったのだが、それよりも、最後まで何を贈ったら良いか分からなくなったのが一番の理由だった。

 キーホルダーならば邪魔にならない。
 そう思ったが、改めて考えてみると、宏樹のような大人に贈るには相応しい代物ではない。

(やっぱ、もう少し考えるべきだった……)

 紫織は顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
 仕方なかったとはいえ、熊のキーホルダーを選んでしまったあの時の自分がとてつもなく恨めしい。