『えっと……』

 少しの間を置いてから、相手はやっと話し始めた。

『ちょっと、お願いがあるんだけど……。いいかな……?』

「――いいけど?」

 そう答えたものの、宏樹は訝しく思いながら首を捻っている。

 そんな宏樹の気持ちを察知してしまったわけではないだろうが、相手はまた、少し間を置いてから『あの』と言った。

『――今、ちょっとだけ外に出られないかな……? この間借りてたコート、返したいから……』

「ん? ああ、あれか」

 相手に言われて、酔っ払って帰ってきた日、コートをかけてやったことを想い出した。

 ただ、やはり朋也がどうしても気になる。
 再び朋也に視線を送りそうになったが、何度も見ると、いくら鈍い弟でもすぐに勘付いてしまうに違いない。

「今日じゃなきゃダメか?」

 宏樹は不自然さを感じさせないように意識しつつ、声を抑えて訊ねた。

『出来れば今』

 朋也の気持ちを知っているであろうに、相手はきっぱりと言い放つ。

 宏樹は思わず苦笑いしてしまった。

「――こんな時間に外に出たりしたら、小母さんに怒られるだろ?」

『大丈夫、お母さんにバレないようにするから』

 遠回しに断ってみても、相手はやはり、頑として譲らなかった。
 大人しそうな顔をしているくせに、とてつもなく頑固だ、と宏樹も観念した。