◆◇◆◇

 夜八時過ぎ、夕飯を済ませた頃に高沢家の電話が鳴った。

「ちょっとー! 誰か出てちょうだい! こっちは洗い物してて手が離せないからー!」

 キッチンから母親に言われ、たまたま電話に一番近い位置にいた宏樹が立ち上がり、受話器を取った。

「はい、高沢です」

 いつもよりも抑え気味の声音で言った。

 ところが、向こうからは何の返答もない。

(――悪戯か?)

 宏樹は眉をひそめながら電話を切ろうとした。
 と、その時だった。

『――宏樹君、ですか?』

 女の声だった。
 一瞬、千夜子かと思ったが、千夜子は宏樹を〈君付け〉では呼ばない。
 そうなると、残るはただひとりだけだ。

 宏樹は受話器を耳にしたまま、朋也を一瞥する。
 幸いにも、朋也はテレビに夢中になっているようで、こっちの様子には全く気付いてなさそうだった。

「俺だけど。――どうした?」

 名前はあえて言わず、相手に訊ねた。

 相手は躊躇っている。
 改めて電話なんてすることはないから、もしかしたら緊張しているのかもだろう。
 宏樹はそう思い、相手が話し出すのを辛抱強く待った。