「ふうん」

 涼香は食べかけの弁当箱に箸を置くと、紫織をまじまじと見つめた。

「なるほど。あんたの心には、誰か別の人がいるわけだ。それも、高沢では敵わないような相手とか?」

 何も言っていないのに、見事に涼香に図星を突かれた。

「ど、どうして……?」

 紫織が訊ねると、涼香は黙って自分で自身の頬を指差した。

「ここに書いてる」

「え……?」

「あんたは頭に〈馬鹿〉が付くほど正直だからねえ」

 そう言うと、涼香はさも愉快そうにケラケラと笑い出した。

「――そんな風に言わなくっても……。それに笑い過ぎ……」

 紫織は頬を膨らませると、眉をひそめながら涼香を睨む。

 だが、それがさらに涼香の笑いに拍車をかけてしまったらしく、今度は腹を抱えて涙を浮かべながら爆笑した。

「あっははは……! 紫織ってば最高ー!

 よし! これからもお姉さんが、純情可憐な紫織ちゃんを可愛がってあげよう!」

(完全に遊ばれてる……)

 紫織の不満は増大する一方であったが、これ以上、よけいなことは言わずにおこうと心の中で決めた。

 ふと気が付くと、クラスメイトがこちらを見ている。
 どうやら、涼香のはた迷惑な笑い声に周りもビックリしてしまったようだった。

(もう……、最悪……)

 注目されることが苦手な紫織は、恥ずかしさと申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。

 一方、当の涼香は周りの視線など全くお構いなしといった様子で、再び箸を手にして弁当を食べ始めた。

「どしたの紫織? とっとと食べないと休み時間終わっちゃうよ?」

「――ずいぶんと能天気だね……」

 紫織は露骨に嫌味を口にした。

 だが、涼香はそれすらもあっさりと受け流す。

「私には悩みなんてないからねー。毎日を面白おかしく過ごす! それが私のモットー!」

 涼香は言い終えると、今度こそ食べることだけに専念した。

 そんな親友の姿を、紫織は恨めしく思う半面、羨ましい気持ちで眺めていた。

(涼香ぐらい明るかったら、ほんとに毎日が楽しいだろうに……)

 紫織は、まだ半分以上も残っている弁当にちびちびと箸を付けた。

 色々と考え過ぎたせいか、食欲はとっくに失われていた。

[第一話-End]