「結局兄貴は逃げてるだけだ。紫織だけじゃない、現実そのものからもな。
 紫織はな、ただ兄貴に、『ずっと側にいてやる』って言ってもらいたいだけなんだよ!」

 朋也はそこまで言って、ハッと我に返った。

 よくよく冷静になって考えてみると、今の台詞は非常に矛盾している。
 宏樹には彼女がいるはず。
 そうなると、紫織の気持ちに応えられないのは当然のことだ。

「――ごめん、変なこと言った……」

 朋也は手を緩め、力なくダラリと腕を垂らした。

「いや」

 宏樹はゆっくりと首を振った。

「確かに朋也の言う通りだよ。俺は今、全てから逃げ出してしまいたい気持ちが強い。この間俺に電話をかけてきた〈ナカガワ〉って女にはフラれたから。――もう、自分が傷付くのが、怖くて堪らない……」

 初めて、宏樹の心の声を聴いた気がした。

 朋也は返す言葉が見付からず、ただ、呆然とその場に立ち尽くしているのが精いっぱいだった。