だが、宏樹は眉ひとつ動かさない。
 ただ、「そうか」と口にしたのみだった。

「――泣いてた理由、気になんない?」

 無反応とも思える宏樹に苛立ちを覚えつつ、それでも、どうにか感情を抑えながら訊ねた。

 宏樹は少しばかり考え込むように、自らの顎を何度も擦る。

「若いうちは、色々あるだろうしな」

 そう答えた宏樹は、微苦笑を浮かべながら背を向けてリビングを出ようとしていた。

「待てよ!」

 朋也はカップを流し台の中に入れ、宏樹の元へと大股で近付くと、肩を掴んで足止めした。

「他に言うことあるだろ?」

 朋也に鋭く睨まれた宏樹は、さすがに困惑の色を見せた。
 が、そのうち、宏樹から深い溜め息が漏れ出した。

「――紫織に同情しろ、とでも言いたいのか?」

 いつになく冷ややかな口調で宏樹が言った。

「朋也、俺は紫織の気持ちに応えてやれるだけの度量は持ち合わせていない。紫織は昔から俺にとっては〈妹〉だし、これからもそれは変わることがないと思う。
 俺は、お前と紫織が幸せになってくれることが一番だとずっと思ってるんだ。――俺が相手では、紫織は、幸せになんてなれないだろうから……」

「――そっちの方が酷じゃねえか……」

 全身を怒りで震わせながら、朋也は今度は宏樹の胸倉に手をかけた。