〈ナカガワさん〉と何かがあったのは確かだ。
 しかし、宏樹は自分のことはあまり話さないし、何より、考えが全く読めない。

(彼女と別れていたら、紫織にもチャンスが回ってくるわけだし。兄貴も今は、紫織を〈妹〉として見ているけど、そのうち、気持ちが紫織に傾くことだって充分にあり得る……)

 考えてゆくうちに、朋也の中でモヤモヤとした感情が広がっていった。

(兄貴に奪われるくらいなら、いっそのこと……)

 そう思うや否や、朋也は紫織に近寄った。

 紫織は、何事、と言わんばかりに目を大きく見開いて朋也を見つめる。

 本当は、このまま抱きすくめてしまいたかった。
 しかし、揺れる紫織の視線と出くわしたとたん、金縛りに遭ったように身動きがいっさい取れなくなった。

 朋也は拳を握り締めた。
 やはり、力ずくで紫織を手に入れたって心までは奪えない。
 そう悟ったのだ。

(俺の方が、よっぽど最低じゃねえかよ!)

 やり場のない怒りを、自分の膝の上にぶつけた。

「――朋也……?」

 紫織が首を傾げながら、朋也の名を口にした。
 真っ直ぐに注がれる澄んだ瞳。
 見ているとやりきれない気持ちになる。

「――そろそろ、帰れよ……」

 絞り出すように朋也は言い放った。
 自分で誘っておきながら最低だよ、と思いつつ、しかし、これ以上紫織とふたりきりでいることに堪えられなくなっていた。

 紫織はそんな朋也をどう思ったのだろう。
 一瞬、怪訝そうにしていたが、やがて「分かった」と立ち上がった。

「それじゃあ、またね」

 そう言い残すと、紫織はドアに向かってそれをゆっくりと開けた。

 朋也は紫織を見送る気になれず、ただ、その場で俯き加減で座っている。