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 家族のいない室内は、どこも真っ暗で閑散としている。
 暖房も切られてから相当な時間が経過しているので、外と大差ないほど、冷たい空気が全身に襲いかかってきた。

 朋也は紫織をリビングへと通した。

 本当は自室へ連れて行こうとしたのだが、紫織はそれを無言で拒絶した。

(信用されてないんだな、俺って)

 朋也は自らを嘲るように小さく口の端を上げると、リビングの電気を点け、ファンヒーターの電源を入れた。

「コーヒーとココアがあるけど、どっちが飲みたい?」

 全ての作業を終えてから、朋也は紫織に訊いた。

 紫織は一呼吸置いたあと、消え入るような声で「――ココア」と返事した。

「了解」

 朋也は一度、キッチンへと引っ込んだ。
 ポットの中を確認すると、中に湯はあった。
 だが、ほとんど冷めかけていたので、それを全てヤカンに注ぎ込み、火にかけた。

 湯が沸騰するまでの間、マグカップをふたつ戸棚から取り出し、それぞれにコーヒーとココアの粉末をスプーンで入れる。
 そして、グラニュー糖の入った瓶と個別包装のミルクを用意して、先にリビングのテーブルへと持って行った。

 そのうち、ヤカンが、ピュー、と鳴き出した。
 湯が沸いたらしい。

 朋也は火を止めると、ガス台からヤカンを取り上げ、それぞれのカップに湯を注いでいった。

 湯気と共に立ち上る、苦みのある芳香と甘い匂い。
 それらを感じつつ、スプーンを掻き回しながら中の粉末を溶かしてゆく。

 完全に溶けきったのを確認してから、朋也はそれらをリビングに運び、コーヒーを手にしたまま、ココアは紫織の前に静かに置いた。