男は左手で物置のドアに掴まり、威嚇するように何度かナイフを突き出した。そんな男に、翔平は淡々とした声で話しかける。
「ズーノーシスって知ってるか?」
「あ、なんだ!? 知るわけないだろっ。黙れっ」
翔平はことさらゆっくりと言葉を発する。
「ズーノーシスは人獣共通感染症とも動物由来感染症とも言われる。簡単に言うと、動物から人にうつる病気のことだ。猫に引っかかれたり咬まれたりしてうつる病気に、パスツレラ症ってのがある。原因となるパスツレラ菌は、一〇〇パーセント近い猫が口腔内常在菌として持っているんだ。咬まれたり引っかかれたりしたあと、三十分から二日くらいして激痛や炎症が起こる。ひどいときは敗血症や髄膜炎になって、死に至る場合もある」
男の頬がピクリと引きつったのが見えた。
「ほかにはバルトネラ菌ってのもいてね。引っかき傷や咬み傷から人に感染して、赤く腫れたり、化膿したりする。重症化すると、脳炎を併発して意識障害を起こすこともあるそうだ」
翔平はまた一歩踏みだし、男から二メートルほどのところで足を止めた。
「く、来るなっ」
凛子は心配そうに翔平を見た。翔平は凛子に向かって軽く頷き、男に向き直る。
「それから、カプノサイトファーガ感染症。これは発熱、倦怠感、腹痛、吐き気、頭痛などで始まり、ひどくなると敗血症や髄膜炎を起こして死ぬこともある。あんた、大丈夫か? 震えているみたいだけど、痛みはないのか? 傷口が赤く腫れているように見える。頭痛は? 熱は? 体にだるさはないか?」
翔平の声が不安を煽るようにじわじわと早口になり、男の呼吸が荒くなった。
「ほら、呼吸も苦しそうじゃないか。マズイぞ。救急車を呼ぼうか?」
「う、うるさい、黙れっ」
「苦しいんだろう? 病院に連れていってやるからナイフを捨てろ」
翔平が声をかけたとき、バタバタと足音がして私服の刑事や制服警官が駆けてくるのが目の端に見えた。凛子が応援の方に顔を向けた瞬間、男が倉庫から飛び出した。
「凛子っ」
翔平が声を上げたときには、男は凛子に向かってナイフを振り上げていた。
「くそっ」
翔平は辺りを見回し、花壇の隅に緑色のジョウロが置かれているのに気づいた。駆け寄って右足で思いっきり蹴り上げると、ジョウロは男の顔めがけてまっすぐ飛んでいく。
「うわっ」
「ズーノーシスって知ってるか?」
「あ、なんだ!? 知るわけないだろっ。黙れっ」
翔平はことさらゆっくりと言葉を発する。
「ズーノーシスは人獣共通感染症とも動物由来感染症とも言われる。簡単に言うと、動物から人にうつる病気のことだ。猫に引っかかれたり咬まれたりしてうつる病気に、パスツレラ症ってのがある。原因となるパスツレラ菌は、一〇〇パーセント近い猫が口腔内常在菌として持っているんだ。咬まれたり引っかかれたりしたあと、三十分から二日くらいして激痛や炎症が起こる。ひどいときは敗血症や髄膜炎になって、死に至る場合もある」
男の頬がピクリと引きつったのが見えた。
「ほかにはバルトネラ菌ってのもいてね。引っかき傷や咬み傷から人に感染して、赤く腫れたり、化膿したりする。重症化すると、脳炎を併発して意識障害を起こすこともあるそうだ」
翔平はまた一歩踏みだし、男から二メートルほどのところで足を止めた。
「く、来るなっ」
凛子は心配そうに翔平を見た。翔平は凛子に向かって軽く頷き、男に向き直る。
「それから、カプノサイトファーガ感染症。これは発熱、倦怠感、腹痛、吐き気、頭痛などで始まり、ひどくなると敗血症や髄膜炎を起こして死ぬこともある。あんた、大丈夫か? 震えているみたいだけど、痛みはないのか? 傷口が赤く腫れているように見える。頭痛は? 熱は? 体にだるさはないか?」
翔平の声が不安を煽るようにじわじわと早口になり、男の呼吸が荒くなった。
「ほら、呼吸も苦しそうじゃないか。マズイぞ。救急車を呼ぼうか?」
「う、うるさい、黙れっ」
「苦しいんだろう? 病院に連れていってやるからナイフを捨てろ」
翔平が声をかけたとき、バタバタと足音がして私服の刑事や制服警官が駆けてくるのが目の端に見えた。凛子が応援の方に顔を向けた瞬間、男が倉庫から飛び出した。
「凛子っ」
翔平が声を上げたときには、男は凛子に向かってナイフを振り上げていた。
「くそっ」
翔平は辺りを見回し、花壇の隅に緑色のジョウロが置かれているのに気づいた。駆け寄って右足で思いっきり蹴り上げると、ジョウロは男の顔めがけてまっすぐ飛んでいく。
「うわっ」