「ご、ごめん。ありがとう」

「謝ることじゃないでしょ」

「そう…だよね」

「折りたたみ傘を出して、それでチャック開けたままにしちゃったとか、そんなところ?」

「えっ………見てたの」

「ううん、見てはないけど。雨降ってるみたいだし、河野くん、今手に折りたたみ傘持ってるから、多分そうだろうなーって」

「…せ、正解です」

「あはは、やった。正解の賞品は?」


井原さんが、ポニーテールを揺らしながら僕の目の前で笑っていることに、僕は静かに動揺していた。美化委員関係なしに、こんな風に井原さんと他愛のない話をするのは、正直初めてだった。


いや、クラスメイトと下駄箱の前で鉢合わせて、ちょっと立ち話なんて、別にどうってことないんだろう。井原さんは、きっとそうだ。きっとそういう風に思っているはずだ。

目の前に、チャック全開のリュックを背負っているクラスメイトがいれば、井原さんなら声をかけるだろう。相手が誰であっても。


とりあえず、今はそんなことはどうでもいい。

正解の賞品。いや、分かっている。軽いジョークだってことは。いわゆる会話のノリだってことは。だけど返すべき言葉の正解だって、あるはずだ。

じゃあ…今僕が手に持っている、この折りたたみ傘は?「賞品はこちらです」…いや、これだと一緒に帰ろうって意味にも受け取られてしまうだろうか。それは考え過ぎか?僕は一体何を考えているんだ?

それに井原さんは、井原さんが持っている傘はーーーーーー