「河野くん」

「うん?」

「リュック、またチャック開いてる」

「えっ、うそ」

「うん、嘘」

「ええっ?どっち?」

「あはは、もうほんと面白いね」


肩を揺らしながら、井原さんが少し僕のほうに寄った。笑い声の隙間で「離れると濡れちゃうよ」とさりげなくつぶやく。どうやらバレていたらしい。


「相合い傘なんて嫌かもしれないけど、駅まであと少しだから我慢して」

嫌じゃない。そういうことじゃない。

はっきり否定したかったけれど、余計な気持ちまで一緒になって溢れてしまいそうだったから、上手く言葉にできなかった。


ーーーーーー何で、もう駅に着いちゃうんだよ。

この時間が、いつまでも続けばいいのにと思った。終わってしまうのが、惜しかった。


「…綺麗だね」

「ねえ、ほんとに思ってる?」

「思ってるよ」


目の前の景色が、と言うより、さっきも言ったけど、井原さんの心が。

それから、世界で一番好きな景色を見つめる横顔も。