僕の褒め攻撃をかわすかのように、「雨結構降ってきたね」と井原さんが話題を変えた。

「そうだね。祈りが通じたんじゃない?」

「そうかも。河野くんは傘差さなくて平気?」

「差そうかな」


背負ったリュックを前に持ってきて、奥底に埋もれているはずの折りたたみ傘を探す。けれど、全体をかき混ぜるように探しても、それらしき物がなかなか手に当たらなかった。


「あれ………おかしいな」

「無いの?忘れちゃったとか?」

「いや、そんなはずはないんだけどな…」


すると、ふいに僕の周囲を取り巻く空気が、ほんの少し変化した。

映る景色は変わらない。赤信号がやたら長い横断歩道も、そのすぐ脇にあるコンビニも、男子生徒がよくたむろしている牛丼屋も、いつも通りだ。よく見える。

でも、僕とその景色の間には1つの膜があった。


井原さんが、傘の下の空間を、半分僕に分けてくれていた。