「もう降ってこないのかなー…」
僕を引率しながら、井原さんは恨めしげに空を見上げた。辺りには、湿った匂いが漂ってはいる。アスファルトも濡れているから、少し前まで雨は降っていたんだろう。
一方の僕は、井原さんの右手に握られたビニール傘に視線を落とす。真横で見ても、やっぱり何の変哲もない、ごくごく普通のビニール傘だった。
「ちなみに、何だと思う?」
「え?」
「私があえてビニール傘を使う理由」
とん、とん、と歩くリズムに合わせて音が鳴っている。ビニール傘の先端が、アスファルに軽く弾かれる音。
「…値段が安いから」
「違う」
「…視界が覆われないから。前がよく見えるから」
「近い」
思わず井原さんの横顔を見た。視線がぶつかる。何でそんなに嬉しそうなんだろう。隣で、2人で歩いていて、そんな顔を僕だけに向けられたら、また僕の思考がバグを起こしてしまいそうだ。
「近い……え、何だろう…。惜しいの?」
「うん、惜しい」
「うーん……透明だから、危険を察知できる…とか?」
「それ、前がよく見えるをちょっと言い換えただけだよ」
「うーん………」