「特別に教えてあげる」


そう言いながら、井原さんは再び席に戻り、机の上の教科書やノートをカバンの中にしまい始めた。明らかに、帰る雰囲気だった。

やめてくれ、と頭を抱えたくなった。これじゃ本当に、僕がちゃんと美化委員の仕事を遂行したのを見届けたみたいじゃないか。


でも、井原さんの行動は僕の想像を超えていた。

「だから、一緒に帰ろう」

「……へっ?」


とても間の抜けた声が漏れてしまった。何がどうなって、「だから」という接続詞が選ばれたのか。

それでも井原さんは、混乱している僕をよそに、淡々と帰り支度を進めていく。


「あ、もしかして今日放課後残ろうと思ってた?」

「いや…もう帰るつもりだったけど…」

「じゃあちょうどいいね」

井原さんは納得しているけど、僕は全然納得していない。いや、拒否はしない。嫌悪感もない。ただ、この展開に全くついていけてないのだ。本当に、僕の身に起こっていることなんだろうか。


「何ぼーっとしてるの」

「え、あ、いや…」

「どうせなら、帰りながらのほうが教えるのに都合がいいんだよね。あー…でも今雨降ってないんだっけ…」


後半はもはや独り言化していて、井原さんはもうカバンを肩にかけている。

「ほら、行こう」


ついていかざるを得ない状況になってしまった。そうだ、これは「一緒に帰る」というより、「ついていく」だ。

もしくは…引率。大人数を引き連れる時に使う言葉なのかもしれないけど、例外として認めてほしい。井原さんが、今日は特別に僕を引率して帰る。うん、そうだ。それがふさわしい。


予想もしていなかった展開を強引に結論づけた僕は、教室を出て行った井原さんの背中を、慌てて追いかけた。