「それ聞かれたの、初めて」

「ご、ごめん。変なこと聞いて…」

「ううん、謝らないで。むしろ嬉しいの。なんか、すっごく嬉しい」


恥ずかしがるような、はにかみ方だった。

こんな反応が返ってくるとは思っていなかったから、僕は反射的に井原さんから目をそらした。何故だか、直視できなかった。


「…嬉しいの?」

「うん。自分でも、なんか…変な感じ。こんなに嬉しいものだとは」

「…理由、あるの?」

「ビニール傘を使う理由?」

「うん」

「あるよ」


窓枠に背を預けて、手を後ろに組んでいる井原さん。はじめてのおつかいから帰ってきて、親からのごほうびを待つ子どもは、こんな気持ちになるんだろうか。いや、これは例えが変か。


「知りたい?」

「…うん」

「気になる?」

「…うん」

「…っていうか、河野くん、私のこと観察してたの?」

「えっ、あ、いや…あの、朝の電車がたまたまいつも同じで」

「そんな慌てなくてもいいのに。同じ電車なのは私も気付いてたよ」


何と言うか、色々恥ずかしい。井原さんのほうが、色んな意味で1枚上手(うわて)だと思う。翻弄されているような気持ちになった。