「…あのさ」

「うん?」

無人の教室。僕と井原さん以外、誰もいない。このまま、勢いで聞いてしまいたかった。ずっと気になっていることを。けれど、一旦飲み込む。


「…さっき、何見てたの」

「ん?ああ…外?雨降ってるのかなーって」


今日の空も、分厚い雲に覆われていた。こうも連日天気が悪いと、青空の色を忘れてしまいそうだ。


「降ってた?」

「ううん、降ってなかった。あーあ、曇りって一番好きじゃない。晴れるか雨降るか、どっちかはっきりしてほしいな」

「…曇りより、雨のほうがいいの?」

「うん。雨、私好きだよ」


いつだかの朝、聞いたキーワード。上手く引き出せたことに、僕は思わず嬉しくなる。


「どうして…?」

「んー…雰囲気、かな。晴れの日にはない空気感が、落ち着くんだよね」

「…そうなんだ」


話しながら、僕は井原さんに言われた通り、ちりとりと点検表への記入を終えて、ロッカーの扉を閉めた。これでやっと、一通りの仕事は完了だ。


井原さんはもう一度、窓のほうに歩み寄った。やっぱり、空を見ていた。雨を待ちわびているのが、背中越しでも伝わってきそうだった。

後ろ姿に向かってなら、思い切って聞ける気がした。おかしな質問なのかもしれない。でも、聞くなら今しかないと思った。