こんがり焼けたバタークッキーをオーブンから取り出して、思わず私はニタニタ笑みが溢れた。甘い香りが鼻腔をくすぐり、私のテンションはピークである。

「ちょっともみじちゃん?涎垂らさないでよね、お客さんに出すんだから」

後ろから出来上がったバタークッキーと私の顔をひょこっと覗きこんできたカナちゃん先輩。失礼な!垂らしませんよ涎なんて!私は「心配御無用です!」元気よく敬礼する。だけどカナちゃん先輩はタイミングよく反対側の掛け時計に顔を向けたので、私はひとりでポーズ決めてる痛い人みたいになった。

「カナー、お客さん3時に来る予定だったよな?もう15分経ってんだけど……」

けんた先輩がクッキーを盛り付けるお皿を取り出しながら、心配そうに眉を八の字にしてカナちゃん先輩に聞いている。

―――我ら部員3人のみの調理部は、名前の通り調理活動を行う部活である。
今日は記念すべき試食会。お客さんを呼んで、我ら調理部の力作を振る舞うことになっていた。

「まあ、仕上がるのも遅れちゃったしいいんじゃない?ねっ、もみじちゃん」

「そうですよ~もうすぐ来ますよ」

ねーっ!とカナちゃん先輩と顔を見合せてにこにこする。

「もみじ、お客さんと連絡取れてんのかよ?」

けんた先輩が私に顔を向けたと同じぐらいに、
ぴこん!携帯のメッセージ受信音がタイミングよく鳴る。


私は携帯のメッセージを確認する。

「あ、もう着くみたいです!」

私がけんた先輩に向かってピースサインをした時。

ガラガラ、と調理室の扉が開いた。


「藤倉先輩!待ってたよ~」

「悪い、遅れた」

私はにへらにへら笑いながらお客さんの椅子を引く。

「「……………………。」」

「あれ?どうしたんですかカナちゃん先輩けんた先輩」

顔を真っ青にして口をぱくぱくしている愛すべき先輩二名を見ながら私は首を傾げる。
待ちに待ったお客さんなのに。


「ちょっ、もみじ、やだ、アンタまじ、えっ?なんで全校生徒の憧れ連れてきてんのよ?」

超スピードで私の隣にきてカナちゃん先輩は可愛い顔をくるくる百面相させて小声聞いてくる。

「おおおおいもみじ!知り合いだったのか?!藤倉生徒会長と……!」

同じくけんたくん先輩も隣にきて、わたしに小声で聞いてきた。

「藤倉くん、甘いものが好きらしくって調理部の話したらぜひ来たいって言ってくれたんです!あと藤倉くんはご近所さんなんです」


「ヤバいわね」

ざっくり質問に答えると、カナちゃん先輩は宇宙人に遭遇したみたいな顔で私を見る。


「なあ、早くしてくんない?俺時間ないんだけど」

藤倉くんのその一言で、カナちゃん先輩は「ですよね!すぐに出すので!」けんた先輩は「ひぃ!!!」なんて返事をして、私はティーポットからカップのお茶を注ぎ、それぞれ動きだした。


そしてわずか数分の間で藤倉くんの前にクッキーと紅茶を出した。調理実習室の壁と同化する遊びでもしてるんじゃないかってぐらい、壁にぴたっと背をくっつけて直立してるカナちゃん先輩とけんた先輩。藤倉くんが紅茶に口を付けるところをぼけっと眺めていれば、視界の端でけんた先輩が心配そうかつすんごく焦っているかのような表情を浮かべて、こっちこい!と手でジェスチャーしていた。カナちゃん先輩も口パグで何やら「近い」と言っている。
私はハテナマークを頭上に浮かべながら先輩のもとへ駆け寄る。

「もみじ……!おま、よくあの藤倉生徒会長の真横でのんびりしてられたな……こっちの心臓が止まりそうだよ」
けんた先輩が小声でいう。
「校内の不良を1人残らず全滅させた上に顎で使ってる藤倉先輩よ?しかも持ち前のカリスマ性で先生までも信者になってるのよ?あの距離は女子でも危ないわよ孕ませられるわよ」
カナちゃん先輩も小声でいう。
うーーーん。




「まあ確かに藤倉くんはすごいけど、みんなそんなに疎遠にしたら……」

ガタン、と椅子を引く音が静かに響く。

「ありがとう、美味しかった」

藤倉先輩の無機質な声が告げる。
紅茶とクッキー食べ終えたみたいだ。

「勿体なきお言葉……!」

「有りがたき幸せ!!!」

「よかったあ!また来てね~」

私たちの言葉が聞こえているのかいないのか、藤倉先輩はスタスタとそのまま調理実習室をあとにした。


その日の部活の帰り、あの藤倉生徒会長に褒めてもらった!と興奮ぎみに話すカナちゃん先輩とけんた先輩と別れた後、わたしは道を引き返して学校に向かっていた。

そして目当ての人物を視界に捉え、タタタッと一直線。

「藤倉くーん!お疲れ様ー!」
「もみじ」

目元を緩めて、ふんわりと微笑む藤倉くん。
そのまま流れるようにお互いの手を絡める。
ツンデレでいえば、私といる時の藤倉くんはデレ100%、学校の藤倉くんはツン100%、差がすごい。



「学校でも笑えばいいのになあ」

「厳しくしないとみんな言うこと聞かないから。仕方ないよ」

藤倉くんは苦笑ぎみに答える。

「誤解されて少し寂しいけどね」

けんた先輩とカナちゃん先輩の態度を思いだしながら、私は自分の眉が下がっていくのを感じていた。確かに一線引いてるって感じだ。

そんな私を見て、藤倉くんは口を開く。

「みんな認めてくれてるみたいだし、そこは嬉しいかな。それにもみじがいるから平気だよ」

学校では信じられないくらい優しい声音の藤倉くんに顔を覗き込まれる。


「だから、ね?そんな悲しい顔しないでよ」

「うん」

は~~~~~~っそんなこと言われて嬉しくないはずがないよ。チョロいわたしはゆるゆると頬を緩める。藤倉くんは甘ったるい。

「そう、例えるならあんこにチョコレートをコーティングしてポイップクリームをトッピングしたみたいな甘ったるさ」

「俺ってそんな胸焼けしそう?」

「あれ、声に出てた?!」

いけない、内なる声を披露してしまっていたなんて!わたしは顔をガッ!と藤倉くんに向けて「わたしは甘党だからハピネス!」ぐっと親指を突きたてた。きょとんとしている藤倉くん。

ゆっくり瞬きをして瞳にわたしを映して。


「そう、じゃあもっと甘くしていい?」

悪戯っぽく笑ってわたしの額にひとつキスを落とす。
な、慣れない……っ!

顔から湯気がたちのぼりそうだ。

そしてスマートにこなせる藤倉くんやはり侮れない。