夜。百合はベッドの上に座っている。手元にはスマホ。航にラインをしたいが言葉が出てこない。

「その時思ったことをそのまま…そのまま…。んー…。」

 今日、いいことがありました

「送信…っと…。」

 百合は動けないでいた。航からの返信を待っているのではなく、ずっと緊張がほぐれない。スマホが鳴る。目が覚める百合。

 そりゃよかったな

 航の返事に嬉しくなった百合は、また航にラインする。

 航さんのおかげです

 嘘でも大袈裟でもない、本当のこと。百合の思ったそのままのことを伝えた。航から返信が来た。

 おれじゃねーよ
 あんたの力だ
 よかったな

 百合は苦しくなった。胸も息も。嬉しすぎて苦しい。この気持ち、この感情はどうすればいいのか、それを航に聞く勇気はなかった。そして。

 おやすみなさい

 苦しいまま、百合は送信した。

 おやすみ
 よく寝るんだそ

 航が返事をくれた。嬉しくて、苦しくなって。恋というものを、徐々に知る百合だった。

 翌日。お昼の時間になった。経理部の出入口に葵が立っていた。

「お疲れー!行こ!」

 昨日の『また明日』は本物だった。百合は嬉しかった。行ったのは昨日と同じ、喫茶室・ジョリン。葵の向かうテーブルには、1人誰か座っていた。

「お待たせ!この子ね、経理のユリ。昨日拾ったの。」
「拾ったなんてひどくない?私は葵と同じ総務の(まい)。よろしくね!」
「百合です…お願いします。」

 舞も美人だった。美人な上、仕草も綺麗。そんな2人と一緒にいることに感激する百合だった。そんな舞は言う。

「経理ってそんなにつまらないとこなの?」
「はい?!」
「たまにユリのこと見るけど、その度つまらなそうな顔してるから。」
「そ、総務は、あおい先輩とまい先輩は違うんですか?」

 葵と舞は苦い顔をする。葵が言い始める。

「先輩なんて付けないでよー!そんなのうちにはないから!」
「ないない!」

 細々と百合は言う。

「そうなんですか…?」

「そうよ、うちなんて、ボケ担当につっこみ担当、いじられキャラ…何でもありって感じ。私達は…いじりキャラだね。」

 舞は笑って言う。

「ねぇ、ライン交換しよー。3人のグループも作ろっか!」
「あーそうしよ!」
「あ、そうだ。ねぇ、舞。パブロックジーって知ってる?」
「知らなーい。何?」
「ユリのリップの色、可愛くない?」

 舞は百合の唇をじっと見る。恥ずかしくなる百合。

「可愛い…知らなかった!でもユリも可愛い!恥ずかしがってるー!」

 そう言った舞が今度は百合の顔を見て言う。

「ユリ、何を怖がってるの?」
「そう、昨日なんて脅えてるみたいだった。だから拾ったの。」
「何かあるんでしょ。」

 舞にも気づかれた。百合は嬉しいような困ったような、複雑な気持ちになった。2人に気づかれたのなら、思い切って打ち明けようと百合は思った。呼吸が小刻みになる。

「私、少しあがり症なんです…。」

 2人の反応が怖い百合。でも2人は怖くない、やさしかった。

「あがり症かぁ…、じゃあ昨日声掛けてよかった!」
「え…?」
「今日は舞とも会えたし。初めての人と会えて、仲良くなれる。それっていいことなんじゃない?」
「初対面の人と話すの苦手でしょ。」
「はい…すごく…。」

 美人で気さくで、何の偏見もなくやさしくしてくれる。そんな2人の中に、百合が自然と入っていっていることが信じられなかった。いつの間にか、2人といると緊張より嬉しい気持ちが大きくなりつつあった。小さく小さく縮んでいた百合の心が、少し大きくなる。

 夜。百合はベッドの上。

「航さん…。」

 今日は、嬉しいことがありました

 百合は航にラインをした。葵と舞のおかげで、緊張がほんの少し落ち着くようになった百合。航へのラインの緊張も、ほんの少しだけ減ったような気がした。

 百合は部屋の電気を消す。その時スマホが鳴った。航からのラインだった。

 すげーな、よかったな
 でも焦ったりすんじゃねーぞ

 航の暖かい言葉。百合はまた苦しくなる。

 おやすみなさい

 百合はベッドに入る。航からラインが届いた。

 おやすみ
 ゆっくり寝るんだぞ

 百合はしばらくスマホを握っていた。