百合は歩く。一歩一歩、ぶつぶつ言いながら。

「航さんに会ってお弁当を渡す…人にどう見られたっていい…、それから昨日の…昨日の…。」

 百合の足が止まる。

「昨日の…あのおでこの…。」

 やさしい風が百合の頬を撫でる。

「だめだめ考えちゃ…。」

 再び百合は歩き出す。工場が見えてきた。百合の緊張はやはり高まる。昨日と同じ、門の少し手前で足が止まる。

 百合は目線を下に向けた。それ以上は上げられない。百合は航を探す。そして見つけた、航のスニーカー。そのスニーカーは近付いてくる。百合は上を向く。航だった。

「おう、おはよう。」

 いつもの航、やさしい笑顔。百合はホッとし、ホッとした顔をする。

「おはようございます。」
「今日も頑張ったな。」
「はい。」

 航に会えて安心した百合は、緊張から解かれ昨日のことを思い出してしまう。顔が赤くなってしまった。目線を少し下に下げる。

「どうかしたか?顔赤くして。」
「な、何でもないです…。」
「…あ…。」

 航も思い出す、昨日のことを。気まずい恥ずかしい気持ち、空気、空間。

「…今日も、公園でいいか?」
「はい…。」

 百合は変わらない、目線も顔色も。すると航は言う。

「おい、またデコピンするぞ。」
「い、嫌です!」
「やっと向いたな、こっち。」

 航はやさしい目、航のやさしさが百合を笑顔にする。

「航さん?」
「なんだ?」

 百合は微笑む。航へ向ける、百合の初めての微笑みだった。

「行ってらっしゃい。」

 航は微笑み返す。

「行ってくる。」

 その日も朝顔が咲いた。昨日より少し大きい朝顔。

 そしてお昼の時間。百合からのお弁当を見る従業員が騒ぐ。

「航先輩、今日も豪華っすね!」
「今日のもうまそー!」
「いい彼女っすね!」

 航は少し控え目に言う。

「だから、そんなんじゃねーよ…。」
「先輩が照れてる!」
「何恥ずかしがってんすかー!」

 取り巻き達が騒ぐ中、航は見つける。百合からのメッセージカード。百合からの思いやり。

 今日の卵焼きはどうですか?
            百合
 
 航は百合の想いやりを強く感じた。

「ありがとな…。」

 朝顔と夕顔が咲く日々が続く。その日々が続くにつれ、航はお弁当より、百合からのメッセージカード、百合からの一言が楽しみになっていった。何の柄もない、真っ白なカード。百合の文字が引き立つ。

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 今日はいつもより暑くなるそうです
 今日のお弁当の出来はイマイチです…
 雨続きますね、体調崩さないようにしてくださいね
 水分補給、ちゃんとしてますか?
 このお弁当で、少しでも疲れが取れますように
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 毎日届く、百合からの想いやり。ある日。本当に一言だけ。

 会いたい

 それを見た航はすぐにどこかに電話をする。

「先輩、お久ぶりです。…はい。で、先輩、お願いがあるんすけど…。」

 翌日、待ち合わせ場所は公園ではなく駅を指定してきた航。百合は不思議に思うこともなく、迷わず駅に向かう。

 百合は駅に着くと、航は既に来ていた。少し離れた所から、百合は感じた。いつもとは雰囲気が違う航を。その日の航は、ラフな水色のシャツにジーンズ、そして履きこなしたブーツ。手には百合のお弁当の紙袋。

 服装だけではない、どこか落ち着いた雰囲気をしている航。百合が見惚れない訳はなかった。ぽーっと航を見る百合。そんな百合を航は見つける。航は手招きをした。百合は小走りで航に向かう。

「お疲れ。」
「お疲れ様です。」
「こっちだ、行くぞ。」
「はい!」