「あなたたちも仲が良いのねぇ。」

 ふたりは声を掛けられる。それは公園に入ってきた、散歩をしている年配の夫婦だった。興味を示す航。

「なんすか?それ。」

 女性が遠い昔話をするように語り出す。

「そうねぇ、歳はちょうどあなたたちくらいかしら。一組のカップルが以前、この時間帯によく来てたの。ふたりで缶コーヒーを飲みながら、とても楽しそうにおしゃべりしていたのよ。ね?あなた?」
「それはとても楽しそうで、こっちが恥ずかしくなるくらいだったよ。」
「でもいつからかしら、パタッと来なくなってしまって…。今度はあなたたちかしら?」
「ここはまるで恋人の聖地だな。」
「そうね。」

 夫婦は笑う。とても楽しそうに。

「あまり邪魔をしては悪いわね。いつまでも仲良くいてね、応援してるわ。」

 やわらかい微笑みを残し、夫婦は去っていった。

「カップル…恋人…。」

 百合は小さく呟く。自分は航の恋人だと見られていると思うと、どきどきそわそわした。その百合の横で、航も呟いている。

「オレらの歳で…この時間…。」

 航は誰も座っていない隣のベンチを見る。真横を見る航の顔は、百合には見えなかった。

 百合と航、それぞれ呟く。呟いた後、航は百合に問う。

「ところであんた歳いくつだ?」
「は、はい。24歳です。」
「24??大人びてるからもう少し上かと思ってたけど…。」
「そう…見えますか…。」
「いや、悪い意味じゃねぇよ。…24か…まだまだこれからじゃねぇか…。あんたにはあんたの人生がある。オレにもオレの人生がある。」

 どういう意味なのかわからず、疑問に思った百合。

「それってどういうことですか?」

 百合はなぜかこの時、心に思ったことが喉をスッとすり抜けた。

「私の人生と航さんの人生が別々なら、どうして私は航さんと会えたんですか?そういうこともあるんですか?」

 航は百合の言葉を聞いて驚く。そして百合を見てさらに驚いた。百合の表情と瞳。邪念や雑念が全くない純粋な表情と、ガラス玉のように透き通った瞳。航はどきっとする。

 見つめ合ったままの、一時の沈黙。百合の瞳に吸い込まれそうになる航は目をそらす。

「そういうことじゃねぇよ…。」

 航は頭を抱える。百合は航の答えを待っていた。

「かっこ良いこと言っといて説明できないなんてな。かっこ悪いな、オレ。」

 はにかむ航。それは百合が初めて見た、友江の結婚式で見た航の笑顔。百合は疑問に思っていたことが一瞬で消え、そのはにかむ笑顔に見惚れていた。

「そんなに見るなよ。」

 航は笑いながら、百合の頭をやさしくなでた。百合は何が起きたのか、把握するまで時間がかかった。徐々に嬉しい気持ちが生まれ、顔が真っ赤になる百合。嬉しさでいっぱいになった百合は、口元に手を当て自然と笑みがこぼれた。

「ちゃんと笑えるじゃねぇか。」
「え??」
「初めて見たよ、あんたの笑顔。」

 航は百合のことを覚えていてくれた、今までの百合を。百合は口元に当てていた手を頬に添える。笑うことさえできていなかったこと、そして普段から笑っていないことを、百合はその時知った。

「あ…の…あの…。」
「もうやめろ。」

 固まる百合。少しだけ怖くなる。

「あんた、頭ん中で言いたいことがまとまってから言おうとしてるだろ。」
「…はい。」
「考えるのは後回し。行動のが先だ。そのほうが早く前に進める。」

 航はいつも百合に勇気をくれる。航への想いが胸に膨れ上がる。それが百合を後押しするかのように、素直に言葉が出た百合。

「航さんは、どうしてそんなに強いんですか?」

 航は笑う。

「オレは強くもなんともねぇよ。オレはオレだ。」

 そう言った後、航は少し切ない目になる。

「強くなんて、なろうと思ってなれるもんじゃねぇ…。何かこう、でかい存在が自分の中にできたら、強くなれるのかもしれねぇな…。」
「大きい、存在…。」
「オレはそういうやつを確かに見た。」
「…私も強く、なれますか…?」

 百合はうつ向いた。そんな百合に対して、航は夜空を仰ぐ。

「オレたちは、これからなのかもしれないな…。」

 百合は航の横顔を見る。航のその言葉は百合にとっては深すぎて、何も言葉が出なかった。

 百合も夜空を仰ぐ。月とひとつの星が見えた。月と星がふたりを照らしていた。