「おむすびは、どう思う」

 こんなふうに、一心さんが私の意見を訊いてくれるようになったのも、はらこ飯の一件から変わったこと。それに、以前より雰囲気も柔らかくなったから、一心さんに話しかけるお客さまも増えた。

「初めて聞く行事なので、やってみたいです! 外で鍋料理を作ってみんなで食べるなんて、すごく楽しそう! 小学生のとき、林間学校でカレーを作った以来かもしれません」
「……そうか」
「私みたいに知らない人も多そうだから、きっとみんな喜んでくれると思います! 子どもたちも招待してあげたら、大はしゃぎしそう」

 夏川先生のクラスの子どもたちが、わいわい騒ぎながら芋煮を食べる姿が目に浮かぶ。

「じゃあ、やってみるか。芋煮会」
「ほんとですか?」
「ああ。ここのところ、いろんな人に世話になっていることは確かだしな。(ひびき)やミャオや(つかさ)さん……。他にお客さまたちも呼んで盛大にやろう」

 腰に手を当てた一心さんは嫌々そうではなく、表情をほころばせている。
みんなの顔を思い浮かべたら、楽しみな気持ちが一気にぐーんと高まっていった。ここに響さんかミャオちゃんがいたら、「やったね!」とハイタッチしていただろう。

「楽しみです! 芋煮のほかには、なにか作るんですか?」
「そうだな、主食は欲しいから握り飯と……。鍋ごと持っていけるなら、栗の渋皮煮もありだな」
「栗の渋皮煮? マロングラッセみたいなものですか?」

 栗を甘く煮たものと言ったら、お正月の栗きんとんや、モンブランに乗っている甘露煮くらいしか知らないので想像がつかない。

「和風のマロングラッセに近いかもな。ただ、渋皮煮の場合は、殻と身の間にある薄い皮を残すんだ。その皮むきが面倒だし、煮るのにも手間がかかるから、普段店では出さないんだが……」

 そんな手間のかかるものを作ろうとするなんて、一心さんもやる気みたい。

「お手伝いします! 皮むき、休憩時間にもできそうですし」
「ああ、頼む」

 意気込んでそう申し出ると、一心さんは口の端を持ち上げて微笑んでくれた。

 ついこの間、変化していることに気づいてしまった一心さんへの気持ちだけれど、話しづらくなることも働きづらくなることもなく、びっくりするくらい今まで通りに仕事ができている。
 自覚しただけで、切なくなったりドキドキしたりの心の動きがなくて逆に戸惑っているけれど、それって今のこの距離感が心地よくて満足してるってことなのかも。

 だけど――。こんな笑顔を向けてもらえたときだけは、心の奥がぽかぽかして幸せな気持ちになる。とびきりおいしいおむすびを食べたときみたいに。

 一心さん本人にも、響さんにも言えない、言うつもりもないこの気持ち。響さんに隠し事をするのは心苦しいけれど、おむすびひとつぶんくらいのこんな秘密だったら、響さんも許してくれるかな。