「大丈夫! 来ると思って、ちゃんと用意しておいたよ。はい」

 休憩室のロッカーにしまっておいた紙袋。その中からラッピングしたお菓子を渡す。
 お菓子の大袋をいくつか買って、小分けにしてラッピングしただけの詰め合わせ。それでも子どもたちは「わあ」と目を輝かせてくれた。

「おねえちゃん、店長さん、ありがとー!」
 
 手を振りながら帰っていく子どもたちを見送る。お菓子を食べるのはおうちに帰ってからね、と約束するのも忘れずに。

「おむすび、今日子どもたちが来ることを知っていたのか?」

 ひょこひょこ動くランドセルたちが見えなくなると、一心さんがぽつりと問いを口にした。

「いえ、来るかどうかはわかりませんでした。知っていたら、一心さんに話していましたし」

 連絡をもらっていたわけじゃないし、絶対来るという確信はなかった。私の答えに、一心さんが目をすがめる。

「じゃあどうして準備していたんだ?」
「夏川先生だったら、ハロウィンの授業をしてくれそうですし、そうしたら子どもたちはここに来るかなって。だって、家族と学校の先生以外でお菓子をもらえそうな大人って言ったら、私たちくらいですもん」

 一心さんは、口を挟まず私の説明を聞いている。

「わくわくしながら来て、お菓子がもらえなかったら寂しいだろうなって。来ても来なくてもいいから、お菓子は用意しておこうと思ったんです」

 誰かの喜ぶ顔を見ること。いつの間にかそれが、私に元気をくれるものになっていた。こころ食堂で働いていなかったら、こんな自分にはなれなかったかもしれない。

「そうか。いたずらされるのは困るから助かった。ありがとう」

 一心さんは柔らかい表情で微笑んだあと、ふっと真剣な顔で遠くを見た。

「おむすびは、子どもたちの目線に立って考えられるんだな。俺にはできないことだから、すごいと思う」

 ざあっと、落ち葉をさらう風が吹いて、一心さんが三角巾を押さえた。一瞬目を閉じたあと視線が絡まって、一心さんの透明な瞳に私が映って、心臓が大きくどきんと脈打つ。

 こんなふうに褒めてもらったことは、初めてかもしれない。
 でかした、よくやった、と褒められたときもうれしかった。でも、私にしかできないことを見つけてもらって、大切なものみたいに拾い上げてもらって。こんなの――泣きたくなるくらいうれしい。

 胸が苦しくてエプロンの裾をぎゅっと握りしめる。

「ありがとう、ございます」

 淡いピンクだった恋心に、紅葉色のインクがぽたりと一滴、落とされたような気がした。